仮面舞踏会 (ヴェルディ)

ヴェルディの傑作オペラ『仮面舞踏会』：愛と陰謀、そして検閲の影

ジュゼッペ・ヴェルディが作曲したオペラ『仮面舞踏会』（原題：Un ballo in maschera）は、1859年2月17日にローマのアポロ劇場で初演された、全3幕からなる作品です。スウェーデン国王グスタフ3世の暗殺事件を題材に、政治的陰謀と、登場人物たちの複雑な愛憎劇が絡み合う、ヴェルディ中期を代表する傑作の一つとして知られています。

曲作りの道のり：検閲とナポリからの撤退

『仮面舞踏会』は、ヴェルディが1857年初演の『シモン・ボッカネグラ』に続く作品として作曲しました。当初はシェイクスピアの『リア王』のオペラ化を計画していましたが、ナポリのサン・カルロ劇場との契約上の問題から頓挫。新たな題材として、ウジェーヌ・スクリーブの戯曲「グスタフ3世 または 仮面舞踏会」を選びました。この戯曲は、1792年のグスタフ3世暗殺事件を基に、王と暗殺者アンカーストレム伯爵の妻との禁断の恋を描いたものでした。

ヴェルディは、スクリーブの戯曲をアントニオ・ソンマにオペラ台本として再構成させました。しかし、当時イタリア統一運動が激化し、検閲が厳しかったナポリでは、国王暗殺を扱ったオペラの上演は困難を極めました。ナポリ当局は、暗殺事件を想起させないよう、内容の変更を要求。ヴェルディは劇場側と協力して修正を試みましたが、1858年のナポレオン3世暗殺未遂事件をきっかけに、検閲当局は更に厳しい態度をとり、上演は断念せざるを得ませんでした。

ローマでの初演：舞台の変更と大成功

ナポリでの上演が頓挫したものの、ミラノやローマなどから上演希望が殺到。ヴェルディは検閲が比較的緩かったローマのアポロ劇場を選び、舞台をイギリス植民地時代のアメリカに移すことで上演許可を得ました。主人公グスタフ3世はボストン総督リッカルド、アンカーストレム伯爵は秘書レナートなどに改名され、暗殺に使われた凶器もピストルから短剣に変更されました。

こうして完成した『仮面舞踏会』は、1859年2月17日にローマでヴェルディ自身の指揮のもと初演され、大成功を収めました。『運命の力』、『ドン・カルロ』と並んで、ヴェルディ中期三大傑作の一つに数えられるようになりました。初演の際には、イタリア統一運動の高まりの中で、「Viva VERDI!」という落書きが街中に溢れ、ヴェルディは愛国のシンボルとなりました。「VERDI」は「Vittorio Emanuele, Re D'Italia（イタリア国王ヴィットリオ・エマヌエーレ）」の頭文字と偶然にも一致していたのです。

原作と台本：スクリーブの脚色とヴェルディの解釈

『仮面舞踏会』の原作はスクリーブの戯曲ですが、ヴェルディはスクリーブの既存のオペラ台本ではなく、ソンマによる再構成版を用いました。スクリーブの戯曲には、史実とは異なる脚色も含まれています。例えば、リッカルドとアメリアの恋、レナートの忠誠心、ウルリカからの予言などは、スクリーブによる創作です。ヴェルディはこれらの脚色を踏襲することで、スクリーブの筆力と、国王という公的な地位にある人間の葛藤を表現したかったのでしょう。 ソンマへの再構成依頼は、先行するオーベール版を超えるための、ヴェルディの意図的な戦略だったと考えられます。

オペラの構成とあらすじ

全3幕6場からなる『仮面舞踏会』は、政治的陰謀、愛と裏切り、そして運命の皮肉が複雑に絡み合ったドラマです。

第1幕では、ボストン総督リッカルドの周辺で暗殺計画が進行していることが示されます。リッカルドは秘かにアメリアに恋心を抱いており、その恋心が物語の重要な軸となります。

第2幕では、ウルリカの占いを通して、リッカルドの運命が暗示されます。アメリアもリッカルドへの愛を告白しますが、夫レナートの登場により、状況はさらに複雑になります。

第3幕では、仮面舞踏会を舞台に、陰謀が実行に移されます。レナートはリッカルド暗殺者として行動しますが、その背後には複雑な感情が隠されています。最後にリッカルドはレナートによって暗殺され、愛国的な民衆へのメッセージを残して生涯を閉じます。

音楽の魅力：聴きどころ

『仮面舞踏会』には、多くの名アリアや二重唱が含まれています。リッカルドのロマンツァ「恍惚とした喜びの中で」、レナートのアリア「希望と喜びに満ちて」、ウルリカのアリア「地獄の王よ」、アメリアのアリア「あの草を摘みとって」、そしてリッカルドとアメリアの情熱的な二重唱「ああ、何と心地よいときめきが」などは、特に有名な聴きどころです。これらの楽曲は、登場人物たちの感情を深く表現し、オペラのドラマを盛り上げています。

20世紀以降の上演：オリジナル版と新たな解釈

20世紀以降は、舞台をスウェーデンに戻したオリジナル版の上演も増えました。さらに、新たに発見されたヴェルディの草稿に基づいた再構成版「グスターヴォ三世」も上演されており、ヴェルディが『仮面舞踏会』として上演する際に大きく手を加えていたことが明らかになりました。

まとめ

『仮面舞踏会』は、ヴェルディの作曲技法と、政治的背景、そして人間ドラマが複雑に絡み合った傑作です。歴史的事件を背景に、登場人物たちの愛と憎しみ、陰謀と運命が織りなすドラマは、今もなお多くの観客を魅了し続けています。

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