運命の力

ヴェルディのオペラ『運命の力』：運命に翻弄される人々の壮絶な物語

ジュゼッペ・ヴェルディが作曲したオペラ『運命の力』（La Forza del Destino）は、全4幕からなる大作です。1862年、サンクトペテルブルクのマリインスキー劇場で初演され、1869年にはミラノのスカラ座で改訂版が初演されました。現在では、主に改訂版が演奏されています。特に改訂版で追加された序曲は有名で、単独での演奏も多く行われています。

作品の背景：政治、検閲、そして創作の苦悩

『運命の力』の創作は、ヴェルディの多忙な時期に始まりました。彼はイタリア国会議員を務め、農園経営にも熱心に取り組んでいました。しかし、資金調達などの必要性から新作の作曲を模索するようになり、ロシアのマリインスキー劇場からの委嘱を受けることになります。

この委嘱は、イタリア人テノール歌手、エンリーコ・タンベルリックの息子アキッレを通じて伝えられました。ロシアは当時のイタリアよりも検閲が寛大でしたが、「ロシア正教会への批判や共和政への賛美」は禁じられていました。ヴェルディは当初、ヴィクトル・ユーゴーの『リュイ・ブラース』を提案しましたが、却下され、最終的にリバス公の戯曲『ドン・アルバロ、あるいは運命の力』をオペラ化することにしました。

原作と台本：スペインの悲劇とヴェルディの解釈

リバス公の戯曲は、1835年にマドリードで上演され、大きな話題を呼びました。物語は、インカの血を引くドン・アルバロと、カラトラーヴァ侯爵の娘レオノーラの悲恋を描いています。侯爵の反対により、2人の恋は悲劇的な結末を迎え、主要登場人物は全員が命を落とす、当時としては衝撃的な内容でした。

ヴェルディは、イタリア語訳された原作を元に、フランチェスコ・マリア・ピアーヴェと共同で台本を作成しました。ピアーヴェは『椿姫』や『リゴレット』などの台本も手がけた、ヴェルディと親交の深い人物でした。しかし、ピアーヴェの病気のため、原典版は彼らにとって事実上最後の共同作業となりました。また、軍営地のシーンはシラーの戯曲『ヴァレンシュタインの陣営』を参考に拡充されました。

初演と改訂：成功と苦悩の軌跡

1862年のマリインスキー劇場での初演は、完璧な成功とはいえませんでした。上演時間の長さや、主人公の反宗教的な発言への反発など、様々な問題がありました。ロシア国民楽派の作曲家による反対デモまで起こるほど、大きな衝撃を与えたのです。その後、ローマやマドリードでも上演されましたが、必ずしも好意的な評価ばかりではありませんでした。

ヴェルディ自身も、特に主人公たちが全員死ぬという陰惨な結末の修正を早々に考えていました。イタリアやフランスでの検閲の厳しさもあり、改訂版の必要性が高まりました。ピアーヴェの病気や、リバス公の死去、そしてヴェルディ自身の多忙さなど、様々な事情で改訂作業は遅れましたが、リコルディ社の尽力により、1869年にミラノのスカラ座で改訂版が初演され、大成功を収めました。改訂版では、アントニオ・ギスランツォーニが台本を改作し、クライマックスは美しい三つの重唱で静かに幕を閉じます。また、新たな序曲が作曲されました。

音楽と登場人物：ヴェルディ音楽の深みとドラマ

『運命の力』の音楽は、ヴェルディの成熟期を代表する、壮大でドラマチックな作品です。力強いオーケストレーション、美しいメロディー、そして複雑な感情表現が特徴です。

主な登場人物は以下の通りです。

カラトラーヴァ侯爵（バリトン）：レオノーラの父
ドンナ・レオノーラ（ソプラノ）：侯爵の娘、アルヴァーロを愛する
ドン・カルロ・ディ・ヴァルガス（バリトン）：侯爵の息子、レオノーラの兄
ドン・アルヴァーロ（テノール）：騎士、レオノーラを愛する
プレツィオジッラ（メゾソプラノ）：ジプシーの娘
グァルディアーノ神父（バス）：修道院長
* フラ・メリトーネ（バリトン）：下働きの修道士

各登場人物は、それぞれ複雑な感情を抱き、運命に翻弄されていきます。特に、レオノーラとアルヴァーロの愛、そしてカルロの復讐心は、ドラマを盛り上げます。

名場面：アリア、重唱、そして序曲

『運命の力』には多くの名場面があります。プレツィオジッラの「太鼓の響きに」、レオノーラの「とうとう着いた。神よ感謝します」、アルヴァーロの「君は天使の腕に抱かれて」、そして改訂版で追加された有名な序曲など、どれも聴き応えのある音楽です。序曲の冒頭は、金管楽器による3つの主音から始まり、「運命のフレーズ」とも呼ばれていますが、劇中ではレオノーラと結びついており、「レオノーラのモティーフ」と解釈されています。

日本での初演とその後

日本では、1960年に東京で初演されました。その後も、様々な歌劇場で上演され、現在でも人気のあるオペラの一つです。

まとめ

『運命の力』は、複雑な愛憎劇、壮大な音楽、そして興味深い歴史を持つ、ヴェルディを代表するオペラです。運命に翻弄される人々の姿を通して、人間の業や神の慈悲といった普遍的なテーマが描かれています。その深い音楽性とドラマ性から、現在も世界中で上演され続けている不朽の名作と言えるでしょう。

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