伊東細胞

伊東細胞とは

伊東細胞（いとうさいぼう、英語名：Ito cell）は、肝臓の複雑な微細構造を構成する重要な細胞の一つです。この細胞は、肝臓の血管である類洞（るいどう）と、それに隣接する肝細胞との間に存在する特殊な空間、すなわち類洞周囲腔（るいどうしゅういこう）またはディッセ腔（でぃっせくう）と呼ばれる場所に位置しています。細胞の分類としては、結合組織を構成する線維芽細胞の一種とされています。その特徴から、類洞周囲脂肪細胞や、より学術的には肝星細胞（かんせいさいぼう、英語名：Hepatic Stellate Cell、略称：HSC）とも呼ばれており、これらの名称も広く用いられています。

発見とその経緯

この細胞の存在が初めて詳細に報告されたのは1956年のことです。日本の病理学者であり、群馬大学医学部の教授であった伊東俊夫（いとう としお）博士によって発見され、その形態学的特徴が明らかにされました。彼の名にちなんで「伊東細胞」と命名され、以来、肝臓研究における重要な研究対象となっています。

特徴と生理的な役割

伊東細胞の最も注目すべき生理的な機能は、その独特な物質貯蔵能力にあります。この細胞は、特に脂肪成分を効率的に取り込む性質を持ち、体内で重要な役割を担うビタミンAを大量に貯蔵する主要な細胞として知られています。健康な状態の伊東細胞は、細胞内にビタミンAを含む脂肪滴を多数蓄えており、これを「静止期」の伊東細胞と呼びます。ビタミンAは肝臓で代謝・貯蔵され、全身に供給されるため、伊東細胞はビタミンAの恒常性維持に不可欠な役割を果たしています。

また、伊東細胞は様々なサイトカインや増殖因子を産生する能力も持っており、肝臓内の他の細胞とのコミュニケーションや、肝臓の再生メカニズムにも関与していると考えられています。

肝臓の病態との関連

伊東細胞は、その生理的な役割に加え、肝臓が病的な状態になった際に中心的な役割を果たすことが明らかになっています。慢性的な肝炎や肝臓への様々な刺激（ウイルス感染、アルコール、薬物など）によって炎症が続くと、静止期の伊東細胞は「活性化」と呼ばれる状態へと変化します。

活性化された伊東細胞は、形態を変化させ、線維芽細胞としての性質を強く発揮するようになります。特に、コラーゲンなどの細胞外基質（細胞と細胞の間を埋める物質）を大量に産生・分泌するようになります。この細胞外基質の過剰な蓄積が、肝臓が硬くなる現象、すなわち「肝線維化」の本質です。

肝線維化が進行すると、肝臓の正常な構造が破壊され、機能が著しく低下します。この最終的な状態が肝硬変です。したがって、伊東細胞の活性化は、肝硬変の発生および進行における主要な駆動因子の一つと考えられています。伊東細胞の活性化を抑制することは、肝線維化や肝硬変の治療戦略として研究が進められています。

さらに、近年の研究では、伊東細胞が全身の血管系に関わる病態にも関連する可能性が示唆されています。例えば、全身の微小血管内に血栓が多発し、血小板の減少と臓器障害を引き起こす難病である血栓性血小板減少性紫斑病（TTP）の発症メカニズムの一部にも、伊東細胞が関与している可能性が指摘されており、その病態生理における役割の解明が進められています。

このように、伊東細胞は健康な肝臓におけるビタミンA貯蔵という重要な生理機能を持つ一方で、肝臓の線維化や肝硬変といった病態の形成に深く関わる、二面性を持つ細胞として、肝臓学および関連分野において活発な研究が行われています。

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