佐久鯉

佐久鯉：信州佐久が育む伝統の味

佐久鯉は、長野県佐久市とその周辺地域で丹念に養殖されている鯉の地域ブランドです。八ヶ岳や秩父山系を源とする清らかな水と、寒冷な気候が育む佐久鯉は、その身の締まりと泥臭さの少ない上品な味わいが特徴です。

佐久鯉の由来

佐久鯉の起源については、主に二つの説が伝えられています。

臼田丹右衛門説: 旧桜井村の臼田丹右衛門が大阪で味わった淀鯉の美味しさに感銘を受け、帰郷の際に持ち帰ったという説です。
内藤正縄贈呈説: 岩村田藩藩主の内藤正縄が、文政8年（1825年）に大阪での勤務中、藩の財政を援助してくれた旧野沢村の豪農・並木七左衛門に、淀鯉を「珍魚」として贈ったという説です。

これらの説が示すように、佐久鯉のルーツは近畿地方に求められるようです。

養殖の特徴

佐久鯉は、八ヶ岳や秩父山系を水源とする河川や伏流水を利用して養殖されます。専用の養殖池のほか、湛水期の水田や農業用の潅漑池も活用されています。佐久地域の水温は低いため、食用に適した30cm程度の大きさに成長するには、稚魚から3〜4年もの歳月が必要です。この長い飼育期間が、佐久鯉独特の身の締まりを生み出しています。

近年では、水温の高い茨城県や埼玉県などの養殖業者からある程度の大きさに育った鯉を仕入れ、佐久地域の養殖池で半年から1年程度飼育して出荷する業者も増えています。

歴史と文化

鯉料理は古くから貴重な動物性タンパク源として、日本の食文化に根付いてきました。特に、海から遠い信州佐久地域では、海産魚類の入手が困難であったため、淡水魚である鯉は祭礼や祝儀などの特別な日の食材として重宝されてきました。以下に佐久鯉に関する歴史的な記録を記します。

1715年（正徳5年）：佐久の小須田家の記録に、祝儀の贈り物として鯉が贈られた記述。
1746年（延享3年）：伊勢神宮の神官をもてなす料理として鯉こくが提供された記録。
1817年（文化14年）：上塚原などの人々が「鯉魚育方議定書」を作成。
1824年（文政7年）：野沢の並木七左衛門が岩村田藩主より珍魚（鯉）を賜る。
1875年（明治8年）：中込、野沢の鯉が県外にも販売されるようになる。
1886年（明治37年）：ドイツ鯉が日本に移入され、佐久鯉との交配も試みられる。
1966年（昭和41年）：佐久鯉を図柄とした切手が発行される。
2004年（平成15年）：佐久地方でコイヘルペスウイルスが発生し、養殖鯉に大きな被害。
佐久市の佐久ホテルが1月6日を「佐久鯉誕生日」として制定。

鯉こく

鯉料理の中でも代表的なものとして、「鯉こく」があります。鯉をぶつ切りにし、味噌や醤油などで煮込んだ料理で、滋養強壮の効果があると言われています。佐久地域では、お祝い事や産後の肥立ちなどに鯉こくを食べる習慣があります。

まとめ

佐久鯉は、清らかな水と寒冷な気候、そして人々の手によって育まれてきた信州佐久の味覚です。その歴史と伝統を受け継ぎながら、これからも美味しい鯉を食卓に届けてくれることでしょう。

参考文献

佐久史学会「佐久」48.49合併号
橋爪孝介, 児玉恵理, 落合李愉, 堀江瑶子「鯉食文化からみた長野県佐久市における養鯉業の変容過程」『地域研究年報』第37巻
段杰「高度経済成長期以降の佐久地方における養鯉業の展開」『常民文化』第37巻

もう一度検索