作州民芸館

作州民芸館

岡山県津山市の城西地区に佇む作州民芸館は、美作地方、特に津山一帯で永く受け継がれてきた民芸品や郷土玩具を専門に展示する文化施設です。地域文化の継承と発信を目指しており、同じく城西地区にある城西浪漫館とともに「津山まちの駅城西」としての機能も担っています。建物そのものが歴史的価値を持ち、津山市城西伝統的建造物群保存地区における特定保存物件にも選定されています。

沿革

作州民芸館の建物は、元を辿れば1909年（明治42年）に土居銀行の津山支店として建設されたものです（建設年については異説もあります）。当時、現在の津山口駅が中心的な役割を担っていたため、出雲往来に面した西今町は津山の玄関口として大変な賑わいを見せていました。1920年（大正9年）には組織改編に伴い本店へと昇格し、1930年（昭和5年）には中国銀行への統合を経て、銀行としての役割を終えます。

その後、建物は日本塩回送株式会社（1947年）や吉井川漁業協同組合（1952年）といった団体に使用され、長らく吉井川漁業の所有となっていました。しかし、その歴史的価値に着目した津山市が1992年（平成4年）に建物を取得し、改修に着手。翌1993年（平成5年）9月3日、美作地方の民芸品を展示する施設として「作州民芸館」が開館しました。開館から間もない1997年（平成9年）5月7日には、国の登録有形文化財に登録され、その建築史的な価値が公的に認められました。

2018年（平成31年）には、地域情報の発信拠点としての役割を強化するため「津山まちの駅城西」の一部となり、城西浪漫館と共に地域の活性化に貢献しています。そして2023年（令和5年）には、開館後初めてとなる本格的な改修工事が約4ヶ月をかけて実施されました。この改修では、特に1920年（大正9年）に本店となった際に行われた初期改修後の姿を復元することに重点が置かれました。雨漏りによる損傷があった屋根裏や、腐食していた銅板葺きの修繕に加え、外観は石調の洗い出し加工や、大正時代の塗装片を参考に再現された青みがかったグレーの漆喰壁へと一新されました。また、金属製の玄関扉は建築当初の木製（ケヤキ材）に戻され、窓も全て網入りガラスに交換されるなど、総事業費約4,000万円を投じて建物の保全と歴史的意匠の復元が図られました。

建築

作州民芸館の建物は、明治期の著名な建築家である江川三郎八によって設計されました。銀行建築という、江川が手掛けた中では比較的珍しい商業建築の例であり、その点でも貴重な存在です。

建築様式と外観

この建物は、正面が装飾的な洋風建築であるのに対し、背面が簡素な土蔵を思わせるような意匠となっている「擬洋風建築」の特色をよく示しています。建築様式の基調は正円アーチや直線を多用したルネッサンス調とされ、多様な装飾モチーフが随所に見られます。

正面外観は左右対称性が強調されており、中央玄関部の両翼に張り出し部が設けられています。東西には塔屋が立ち、中央の玄関部はわずかに奥まっている構造です。全体は水平方向に3列、垂直方向にも煉瓦積みの基壇の上に3層を重ねる構成となっています。左右の塔屋部は、1層目が箱目地を用いた石積み風、2・3層目は平坦な漆喰塗りで仕上げられ、特に3層目には幾何学的な新様式風の装飾が施されています。頂部には曲線的なペディメントがあり、屋根は急勾配の寄棟鋼板葺きで、棟飾りが頂部を引き締めています。

中央玄関部の1層目には、ドリス式（トスカナ式）風の円柱が左右2段に配され、その間に鉄製の庇が架かっています。2層目にはイオニア式風の付柱が両端に設けられ、軒蛇腹を支える持送りを飾っています。

一方、背面に位置する金庫部の外観は、2層構造で下層が石積み風、上層が漆喰塗りの壁となっています。屋根は切妻桟瓦葺きであり、全体的に土蔵のような意匠が採用されており、華やかな洋風の本館部分とは対照的な趣を見せています。

内部構造

木造2階建ての主体部分は、間口が東西約14.5メートル（8間）、奥行きが南北約11.8メートル（6.5間）です。1階中央部は広く営業室として使われ、その背面の東側に金庫室、西側に階段室や小部屋が配置されています。後に西側にトイレが増築され、L字型の大きなカウンターが現存しています。このカウンターは、中央の八角形の柱がドリス式風の柱頭を持ち、天板を持送りで支える構造で、腰壁は桝形（ますがた）の意匠で飾られています。

2階には、南側中央に会議室があり、その北と東を囲むように小部屋が設けられています。会議室の天井は折上格天井（おりあげごうてんじょう）となっており、格間（ごうま）には市松模様に羽目板が張られ、装飾的な空間を演出しています。支輪（しりん）の細部には洋風の意匠が取り入れられており、擬洋風建築ならではの東西折衷の雰囲気が感じられます。

江川建築の特徴と外観の変遷

この建物は江川三郎八の設計ですが、一般的に知られる江川式建築の特徴であるハーフティンバー風の筋交いや外壁の板張りは見られません。同時期に建てられた旧岡山県会議事堂に外観が似ていると言われ、多様な建築様式を取り入れた装飾性の重視に江川の作風が表れています。特に主屋の小屋組には江川三郎八の特徴が顕著に見られ、梁行方向に台形状の平行弦トラスとキングポストトラスを組み合わせた独特な構造体となっています。この構造は、江川が1909年（明治42年）に設計した旧高梁市吹屋小学校本館中央棟の小屋組と類似しています。

外観は、1909年（明治42年）の竣工時と2019年時点を比較すると、両翼の塔屋部分に最も大きな違いが見られます。竣工当初は壁面の装飾や玄関上部の幾何学的な飾りはなく、アーチも単純な形状でした。また、窓の上部には飾り板があり、より重厚な印象でした。1920年（大正9年）に一支店から本店への改組に伴い、建物の風格を高めるための改築が行われたことがうかがえます。この改築で、意匠が簡略化される一方で、幾何学的なモチーフが取り入れられ、新時代の銀行本店にふさわしいモダンな要素が加えられました。

施設と展示

作州民芸館では、建物の持つ歴史的な雰囲気を大切に活かした改修が施されています。往時の銀行として使われていたダイヤルの文字がかすれた金庫や、角がすり減った階段など、館内の随所に当時の趣が感じられます。

1階フロアには、銀行時代のL字型カウンターがそのまま残されており、来館者を迎えます。地元の新鮮な野菜や加工食品、お弁当、お菓子などが販売されており、気軽に立ち寄れるカフェも併設されています。地域に根差した品々が並び、賑わいを見せています。

2階は主に展示スペースとなっており、岡山県北部、いわゆる作州地方で生み出される工芸品が収蔵・展示されています。津山市を中心に、今なお製作が続けられている民芸品や郷土玩具などが常設展示されており、これらの展示を通じて、地域の歴史や文化、そして手仕事の産業技術を後世に伝える役割を担っています。また、津山市城西地区の歴史を紹介する展示室も設けられています。

主な展示品としては、かつての津山城下町西部の様子を描いた貴重な「西大番所絵図」や、江戸時代末期から昭和初期にかけて使用された「染め型紙」、繊維が短く緻密で独特の風合いを持つ「横野和紙」、そして作州牛などの愛らしい工芸品で知られる「竹細工」などがあります。

利用案内

開館時間: 午前9時から午後5時まで（入館は午後4時30分まで）
休館日: 月曜日（祝日の場合はその翌日）、祝日の翌日、年末年始（12月29日から1月3日まで）
入館料: 無料
所在地: 〒708-0074 岡山県津山市西今町18
アクセス: JR姫新線・津山線 津山駅より徒歩約15分。中国自動車道 院庄ICから車で約10分（駐車場10台）。

参考文献

奈良文化財研究所『津山城西の町並』津山市、2019年
『”江川式”擬洋風建築』LIXIL出版、2019年
『津山百景』山陽新聞社、1997年
『津山観光必携』津山市観光協会、2007年
『作州城西史』松本邦男、2013年

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