偽ディオニュシオス・ホ・アレオパギテース

偽ディオニュシオス・アレオパギテース：中世キリスト教思想に多大な影響を与えた神秘主義者

5世紀から6世紀頃、おそらくシリアで活躍した神学者、偽ディオニュシオス・アレオパギテース。彼は『使徒行伝』に登場するアレオパゴスのディオニュシオスと同一人物ではないことが15世紀以降に明らかになり、「偽」の接頭辞が付けられました。彼の著作群は『ディオニュシオス文書』と呼ばれ、『天上位階論』『教会位階論』『神名論』『神秘神学』および10通の書簡から構成されています。

偽ディオニュシオスの著作は、ネオプラトニズム、特にプロクロスの影響を強く受けています。しかし、単性論と正統なキリスト教教義を調和させる独自の神学体系を構築しました。彼の著作は当初単性論者によって引用されていましたが、東方教会、そして西方教会へと広がり、中世において盛んに研究・注釈されました。特にヨハネス・スコトゥス・エリウゲナによるラテン語訳は、ヨーロッパ中に広まり大きな影響を与えました。

3人のディオニュシオスの混同

12世紀の神学者ピエール・アベラールは、サン・ドニ修道院で、修道院名の由来である聖ディオニュシウスに関して興味深い問題に直面しました。当時、3人のディオニュシオスが混同されていたのです。

1. 使徒行伝に登場する、パウロの説教で改宗したアレオパゴスのディオニュシオス
2. 4世紀の伝説的宣教者、パリのディオニュシウス（サン・ドニ）
3. 偽ディオニュシオス・アレオパギテース

サン・ドニ修道院では、2と3が混同されており、アベラールはこの問題を論争の的としました。ディオニュシオスという名前が当時一般的だったことも混同の一因です。

ディオニュシオス文書とその後世への影響

『ディオニュシオス文書』は、9世紀にビザンツ皇帝からルイ敬虔王に贈られ、サン・ドニ修道院に保管されていました。ヒルドゥイヌスによるラテン語訳、そしてエリウゲナによる改訳を経て、ヨーロッパ中に広まりました。特に『天上位階論』は広く知られ、彼の『天上位階論註解』も西方教会に大きな影響を与えました。

15世紀、ロレンツォ・ヴァラは『ディオニュシオス文書』の成立年代が5世紀以降であること、使徒行伝のアレオパゴスのディオニュシオスとは無関係であることを証明しました。しかし、真の著者は依然として謎のままです。

偽ディオニュシオスの思想：位階と神への到達

偽ディオニュシオスの思想の中心は、「人間の魂がいかにして神に至るか」という問いでした。そのカギとなる概念が「位階（ヒエラルキア）」です。位階とは聖なる秩序であり、知識であり、活動です。それは神からの照明の段階（アナロギア）に応じて、神に似たものへと高まっていくプロセスです。上位階は下位階に啓示を与え、下位階は上位階を通じて神の恵みを受け取ります。

天使の位階と教会の位階

偽ディオニュシオスは、天使と教会の両方に位階構造を見出しました。

天使の位階（『天上位階論』）：3つの階級（父・子・聖霊に対応）と、各階級の3つの段階からなる、合計9つの位階が存在します。（熾天使、智天使、座天使、主天使、力天使、能天使、権天使、大天使、天使）

教会の位階（『教会位階論』）：これも3階級9段階の構造を持ちます。第一階級は典礼、第二階級は聖職者、第三階級は非聖職者で構成され、聖職者は典礼を通して信徒を神へと導きます。

プロクロスとの関連

偽ディオニュシオスは、後期ネオプラトニズムの代表者であるプロクロスの思想を用いて、キリスト教の真理を示そうとしました。プロクロスの多神教的な宇宙論を、神によって創造された宇宙観へと転換することで、すべての存在が神を賛美し、宇宙全体の調和を示すという神学的体系を構築したのです。彼の神学は、考察だけでなく、賛美を通して神を見いだすことを強調する典礼的な神学でした。

偽ディオニュシオスの著作は、中世キリスト教神秘主義、典礼神学に多大な影響を与え、現在も研究され続けています。彼の思想は、神と人間、そして宇宙全体の調和を追求する、普遍的な問い掛けとして、現代においても意義深いものと言えるでしょう。

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