児山敬一

児山敬一（こやま けいいち、1902年3月1日 - 1972年4月22日）は、日本の知性史において、哲学者と歌人という二つの顔を持った稀有な存在です。静岡県浜松市に生を受け、東洋大学名誉教授として教壇に立つ傍ら、歌壇でも独自の境地を切り開きました。

東京帝国大学文学部哲学科にて哲学を修め、1928年に卒業しました。特に数理哲学を専門分野として深く探求し、論理的な思考に基づいた学問研究を進めました。大学卒業後、教育者としてのキャリアを積み、1952年には東洋大学教授に就任。長年にわたり教鞭を執り、後進の育成に努めました。また、同大学の東洋学研究所長も務め、研究機関の発展にも貢献しました。退職後には名誉教授の称号が贈られています。

一方で、歌人としても確固たる地位を築きました。歌への情熱は若くから芽生え、歌壇の重鎮として知られる佐佐木信綱に師事しました。佐佐木の主宰する歌誌『心の花』に所属し、伝統的な短歌の形式や表現について深く学びました。

しかし、やがて伝統に安住することなく、新しい時代の感性に響く短歌表現を模索し始めます。その探求の結実として、1930年に自ら歌誌「短歌表現」を創刊しました。この歌誌を舞台に、児山敬一は口語を用い、既成の形式にとらわれない自由律短歌の作風を積極的に提唱し、実践しました。彼の革新的な試みは当時の歌壇に新風を巻き起こし、多くの歌人に影響を与え、口語自由律短歌の確立に貢献しました。

第二次世界大戦後も歌人としての活動は衰えることなく、歌誌「文芸心」を新たに主宰しました。そこでは、自身の芸術観に基づいた短歌の創造を追求し、歌壇における独自の存在感を示し続けました。哲学的な思考に裏打ちされた彼の歌は、しばしば内省的でありながらも、日常の風景や感情を瑞々しい口語で捉え、新鮮な印象を与えました。

哲学と文学、特に短歌という二つの分野を行き来した児山敬一は、それぞれの領域で重要な貢献をしました。哲学分野では数理哲学を深く研究し、その成果を著作として発表しています。一方、歌人としては、単に歌を作るだけでなく、短歌の芸術性や表現方法についても理論的な考察を深め、『短歌芸術論』のような著作にその成果を結実させています。また、古典文学、特に和歌や連歌の研究にも力を入れ、『正徹論』や『今川了俊・その武士道と文学』といった研究書を著しています。

彼の著作は専門書から一般向けの解説書、そして自身の歌集まで幅広い分野にわたります。主な著書としては以下のものが挙げられます。

『短歌芸術論』 (短歌表現叢書) 改造社 1931
『文学語法概説 助詞篇』 (表現叢書 表現社, 1933
『精神史の理解』表現社, 1933
『方法性の哲学』表現社, 1933
『芸術評論』 (文学・方法シリイズ) 短歌と方法社, 1933
『動かれる青ぞら 短歌集』 (表現叢書) 表現社 1934
『数理哲学』モナス, 1937
『新短歌の立場』 (表現叢書 表現社, 1941
『正徹論』三省堂 1942
『今川了俊・その武士道と文学』三省堂, 1944
『数学の哲学』武蔵野出版社, 1946
『数学概論』実業教科書, 1948-1949
『発願のころ』(表現社文庫 表現社 1952
『万葉学研究』開文社 1956
『哲学概論』文雅堂書店 1957
『なにがし坂 短歌集』表現社, 1972

また、他者の作品の編纂も手掛けており、『おとのない三角』や『坪井隆遺稿集』などがあります。郷里への貢献として、静岡県立浜松北高等学校の校歌作詞も行いました。

児山敬一は、その生涯を通じて、厳密な論理を追求する哲学と、情感豊かな言葉で世界を表現する短歌という、一見対照的な分野を深く探求しました。彼の活動は、学術研究と芸術創作が高いレベルで融合しうることを示しており、日本の近現代思想史および歌壇史において、見過ごすことのできない重要な足跡を残しています。彼の提唱した口語自由律短歌は、その後の短歌表現に多様な可能性をもたらしました。

もう一度検索