八月はエロスの匂い

『八月はエロスの匂い』

1972年（昭和47年）に日活株式会社によって製作・公開された日本映画です。藤田敏八監督がメガホンを取り、氏の作家性を色濃く反映した「エロス三部作」と称される作品群（『エロスの誘惑』、『エロスは甘き香り』）の最後に位置づけられる作品とされています。カラー作品、上映時間は73分です。

本作は、「女がどのようにして性の衝動に駆られるのか」という、論理では割り切れない不条理なエロスの深淵を探求します。物語の背景には、タイトルにもある通り、八月のまとわりつくような暑さが設定され、登場人物たちの情動や心理状態と重ね合わせるかのように描かれています。

あらすじ

物語の中心となるのは、デパートの宝飾品売り場で働く中原圭子（川村真樹）です。彼女の平穏な日常は、ある日突然打ち破られます。それは、ハサミを凶器にした若い男性（むささび童子）による売上金強奪事件でした。この事件で圭子は手に怪我を負いますが、それと同時に犯人の青年に対して、言葉では言い表せないほどの強い印象を心に刻みつけます。

事件後、圭子は精神的に不安定な状態に陥ります。デパートの同僚からは好奇の目で見られ、孤立感を深めます。この抑えきれない感情を、かつての高校教師である現在の恋人、芝木（永井鷹男）や、事件発生時に自分を庇ってくれた売り場の主任に打ち明けますが、誰からも真に理解されず、満たされることはありませんでした。彼女の心には、事件そのものよりも、犯人の青年の存在が澱のように残り続けます。

数日後、気分転換も兼ねて、友人カップル（片桐夕子、白井権八）と共にカフェテラスを訪れた圭子。そこで彼女は、全く予想していなかった出来事に遭遇します。なんと、あの強盗事件の犯人である青年と、偶然にも再会してしまったのです。この再会が、圭子の内面に秘められた不条理な欲情をさらにかき乱し、物語は予測不能な方向へと進んでいきます。

作品のテーマと特徴

本作は、人間の理性では制御できない性の衝動、特に女性の内面に潜むエロスに焦点を当てています。主人公・圭子が経験する強盗事件は単なる犯罪としてだけでなく、彼女の内面に眠っていた何かを揺り起こす触媒として機能します。犯人の青年への「鮮烈な印象」は、恐怖や怒りといった単純な感情だけでなく、抗いがたい吸引力のようなものを含んでおり、これが圭子のその後の行動や心理を支配していきます。真夏の耐え難い暑さは、登場人物たちの高ぶった感情や閉塞感を物理的に表現しており、作品全体の不穏な雰囲気を高める効果を上げています。

藤田敏八監督は、スタイリッシュな映像表現と心理描写で知られており、本作でもその手腕が発揮されています。当時の日活が置かれていた状況下で製作された作品であり、ある種の制約の中でいかに芸術性と商業性を両立させるかという試みが見られます。主演の川村真樹は、事件後の圭子の混乱した心理状態や、不可解な欲望に囚われていく様を生々しく演じています。

スタッフ・キャスト

スタッフ：
監督・脚本：藤田敏八
脚本：大和屋竺
撮影：安藤庄平
美術：大村武
録音：紅谷慎一
照明：高島正博
音楽：真田勉
助監督：小原宏裕

キャスト：
中原圭子：川村真樹
武上英子：片桐夕子
芝本正秋：永井鷹男
虱（しらみ）：むささび童子
福田一郎：粟津號
浜口竜哉
有閑マダム：堺美紀子
ボーイ：清水国雄
レジ：中野由美
浜村清子：しまさより
夢村四郎
白井権八
舟山礼
江ノ島るび

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