八束村 (千葉県)

八束村（やつかむら）

八束村は、かつて千葉県の安房郡に存在した自治体です。明治時代に発足し、昭和期に廃止されるまでのおよそ66年間、地域の中心として機能しました。現在の南房総市の西部、特に旧富浦町の領域に位置しています。

地理

1926年（大正15年）頃の八束村は、東は平群村や滝田村、南は那古町や船形町、西は富浦村、そして北は岩井村とそれぞれ境を接していました。村域は古くから

丹生（にゅう）
深名（ふかな）
青木（あおき）
福沢（ふくざわ）
宮本（みやもと）
大津（おおつ）
手取（てどり）
居倉（いぐら）

という8つの地域に分けられていました。これらの地域区分は、町村制施行時に村を構成した旧村名に由来します。現在、南房総市では合併前の町村単位で市域を区分しており、旧八束村の地域は「富浦地区」の一部とされています。一方、南房総市社会福祉協議会では、学校区などをもとにしたより細かい区分を用いており、旧村域を指して「八束地区」という名称が使われることもあります。

歴史

八束村の歴史は古く、平安時代には多田良荘（ただらのしょう）という荘園の岡本郷（おかもとのごう）の一部であったと伝えられています。江戸時代の明和年間（1770年頃）には、当時の安房勝山藩領であった金尾谷村（かなごやむら）の名主、忍足佐内（おったりさない）が年貢の減免を求めて領主へ直訴する出来事があり、この「勝山藩西領騒動」として知られる一件は、翌年に佐内が処刑されるという結末を迎えました。

明治時代に入ると、地域の再編が進みます。1875年（明治8年）には金尾谷村と白坂村が合併して福沢村となり、1877年（明治10年）には東青木村と西青木村が統合されて青木村が誕生しました。

そして1889年（明治22年）の町村制施行に伴い、先の8つの村（丹生、宮本、大津、居倉、手取、福沢、深名、青木）が合併し、八束村が発足しました。村の名前は、8つの村を一つに束ねたことと、豊かさや実りを象徴する「八束穂（やつかほ）」という言葉に由来するとされています。

村が発足して間もない1899年（明治32年）には、江戸時代の義民である忍足佐内の功績を称える「忍足佐内之碑」が建立されました。大正期には、村域の南側を通る木更津線（現在のJR内房線）が開通しましたが（1918年）、村内には駅が設置されず、西隣の富浦町に開業した富浦駅が最寄りの駅となりました。1923年（大正12年）に発生した関東大震災では、八束小学校が倒壊するなど大きな被害を受けました。

昭和30年（1955年）3月31日、八束村は西隣の富浦町と合併し、八束村としての歴史に幕を下ろしました。その後、旧村域は2006年（平成18年）に周辺市町村との合併により誕生した南房総市の一部となりました。興味深いことに、現在の南房総市役所は、旧八束村の領域であった旧富浦町青木の地に置かれています。

経済

八束村の主要な産業は、古くから農業でした。1888年（明治21年）の資料にも、各村が農業を営んでいたことが記されています。大正時代に入っても農業が中心でしたが、副業として畜産も盛んに行われていました。このほか、地域の資源を活かした木材や薪炭の製造、そして近年南房総地域の特産品として知られるビワの栽培も行われていました。

教育

村内には八束小学校が置かれ、地域の子供たちの教育を担いました。

名所・旧跡・祭事

八束村には、地域の歴史や文化を伝える様々な場所や行事があります。

宮本城址（大津）：里見氏2代の里見成義によって築かれたとされる城跡。
寺院群：万福寺（福沢）、永福寺（宮本）、常光寺（深名）、東福寺（丹生）は安房国四十八ヶ所薬師如来霊場の一つです。また、常光寺は安房国八十八ヶ所霊場でもあります。光厳寺（青木）には、戦国大名・里見義頼の墓と伝えられる場所があります。
神社：宮本天満宮（宮本）、青砥権現（宮本）、高森神社（大津）などがあります。高森神社は、宮本城の鬼門を守るために里見氏が祀ったとも言われています。
青木の虫送り（青木）：地域に伝わる伝統的な祭事です。

その他

八束村は、遠く離れた北海道今金町の「八束地区」とも繋がりがあります。明治後期、八束村出身者たちが北海道の開拓に加わり、現在の今金町にあたる地域に入植しました。1896年（明治29年）には青木出身の鈴木義宗がオチャラッペと呼ばれていた土地に入り、開墾を進め鈴木農場を開設しました。1933年（昭和8年）に当時の利別村（現在の今金町）が行政上の字を設ける際に、この地域が故郷にちなんで「八束」と命名されたものです。

また、八束村が廃止された後、1955年（昭和30年）には旧村が所有していた山林などを管理する財産区が発足しました。これを基盤として、1962年（昭和37年）に財団法人八束愛林会が設立されます。八束愛林会は高度経済成長期に木材価格が高騰した際、山林からの収益を活用し、小学校の講堂（公民館を兼ねる）の建設資金を寄付したり、村内の全戸に電話を設置するなど、地域のインフラ整備や福祉向上に大きく貢献しました。

このように、八束村はその短い歴史の中で、農業を営む地域として発展し、様々な歴史的出来事や文化を育み、遠方の地との繋がりや独自の地域振興活動も行われた村でした。旧村域は現在、南房総市の一部としてその姿をとどめています。

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