八海事件

八海事件

八海事件とは、1951年（昭和26年）1月24日に山口県熊毛郡麻郷村（現在の田布施町）八海で発生した強盗殺人事件です。瓦製造業を営む夫婦が殺害され、金銭が奪われるという凄惨な事件でした。警察は、窃盗の前科がある経木製造業者の男Xを逮捕し、その後、Xの供述に基づき、共犯者として4人の男性を逮捕しました。しかし、裁判ではXの自白の信憑性や警察の拷問による虚偽自白の強要が問題となり、最終的に4人は無罪となりました。

事件の概要

1951年1月24日深夜、瓦製造業を営む夫婦が自宅で殺害されました。夫は刃物で頭部を殴打され、胸を鈍器で殴打されるという残虐な方法で殺害され、妻は鼻と口を塞がれて窒息死させられた後、鴨居で首を吊った状態で発見されました。犯人は家から金銭を奪って逃走しました。

警察は捜査の結果、窃盗の前科があり、被害者夫婦と面識のあった経木製造業者の男Xを逮捕しました。Xの着ていたジャンパーに被害者夫の血液型と同じ血液が付着していたことや、Xが事件後に使った十円札と続き番号の十円札が被害者宅に残されていたことなどの物証がありました。Xは当初、単独犯行を主張しましたが、警察の取り調べで共犯者の存在をほのめかし、知人ら5人の名前を挙げました。

捜査と逮捕

Xの供述に基づき、人夫の男性A、男性B、男性C、男性Dの計4人が逮捕されました。さらに、Xが主犯格と主張した人夫の阿藤周平も逮捕されました。しかし、取り調べの過程で、Dにはアリバイが成立し釈放されました。Xはその後、供述を二転三転させ、最終的に5人での共謀を主張しました。警察は、密室での拷問により、阿藤、A、B、Cから犯行を自白させました。

裁判の経過

裁判では、Xは起訴事実を認めましたが、阿藤、A、B、Cは警察の拷問によって虚偽の自白を強要されたと主張しました。また、Xは無期懲役が確定した後、刑務所から最高裁に単独犯である旨の上申書を送りましたが、Xの供述の変遷や問題行動から取り合われることはありませんでした。

裁判は二転三転し、最終的に以下の経過をたどりました。

1952年6月2日、山口地裁は阿藤に死刑判決、X、A、B、Cに無期懲役の判決。
1953年9月18日、広島高裁（第一次）は地裁の事実認定を支持し、阿藤に死刑、Xに無期懲役、Aに懲役15年、BとCに懲役12年とした。Xは上告せず、無期懲役が確定。
1957年10月15日、最高裁（第一次）は審理を高裁へ差し戻し。
1959年9月23日、広島高裁（第二次）はXの単独犯行と認定し、阿藤、A、B、Cに無罪判決を下した。
1962年5月19日、最高裁（第二次）は審理を高裁へ差し戻し。
1965年8月30日、広島高裁（第三次）は第一次高裁と同じく、阿藤に死刑、Aに懲役15年、BとCに懲役12年の判決を下した。
1968年10月25日、最高裁（第三次）はXの単独犯行と判断し、阿藤、A、B、Cに無罪判決を下して確定した（破棄自判）。

事件の影響

この事件は、警察の強引な捜査や拷問による虚偽自白の強要、裁判の不当性など、司法制度の問題点を浮き彫りにしました。また、冤罪の恐ろしさを社会に広く知らしめることとなり、後の刑事裁判に大きな影響を与えました。

事件後、弁護士やジャーナリストによって事件の真相を追究する動きが起こり、映画化やルポルタージュ番組の放送などを通して、社会に冤罪の悲劇を訴えかけました。

正木ひろし弁護士は『裁判官　―人の命は権力で奪えるものか―』を発表し、裁判の冤罪性を訴えた。
原田香留夫弁護士は『真実　―八海裁判記―』を発表し、事件の真相を明らかにした。
今井正監督は映画『真昼の暗黒』を制作し、この事件を題材とした。
* 朝日テレビは『死刑囚の妻』を放送し、無罪になった阿藤の妻の苦悩を描いた。

その後

Xは1971年に仮釈放され、鉄工所に勤務しながら4人に謝罪しましたが、その後、1976年に殺人未遂で逮捕され、裁判中の1977年に病死しました。阿藤は1968年に手記を発表し、運送業を営む傍ら死刑廃止運動に奔走しましたが、2011年に肝臓がんで死去しました。

この事件は、日本の司法史上でも特異な事件として、冤罪事件の教訓として語り継がれています。

もう一度検索