八重奏曲 (シューベルト)

八重奏曲 ヘ長調 D803

フランツ・シューベルトが1824年3月に完成させた《八重奏曲 ヘ長調 D803》は、当時の著名なクラリネット奏者であったフェルディナント・トロイヤー伯爵の依頼を受けて作曲が始まりました。この作品は、シューベルトが傑作として広く知られる弦楽四重奏曲《ロザムンデ》や《死と乙女》などを生み出したのと同じ、創作活動における円熟期に位置づけられます。これらの弦楽四重奏曲が短調で書かれ、深い哀愁や悲愴感を帯びているのに対し、長調で作曲されたこの八重奏曲からは、シューベルトの明るく温かい、そして柔和な音楽性が色濃く感じられます。

構成

この作品は全部で6つの楽章から構成されており、全曲の演奏にはおよそ1時間ほどの時間を要します。楽章の数や全体の規模から見ると、厳格な形式を持つ室内楽というよりは、かつて盛んだったセレナーデやディヴェルティメントといった、より娯楽的な要素の強い音楽との関連性が深い性質を持っています。

各楽章は以下の通りです。

1. アダージョ～アレグロ～ピウ・アレグロ (Adagio – Allegro – Più allegro)
2. アダージョ (Adagio)
3. アレグロ・ヴィヴァーチェ～トリオ～アレグロ・ヴィヴァーチェ (Allegro vivace – Trio – Allegro vivace)
4. アンダンテと変奏（ウン・ポコ・ピウ・モッソー～ピウ・レント）(Andante – Variations: Un poco più mosso – Più lento)
5. メヌエット（アレグレット～トリオ～アレグレット～コーダ）(Menuetto. Allegretto – Trio – Allegretto – Coda)
6. アンダンテ・モルト～アレグロ～アンダンテ・モルト～アレグロ・モルト (Andante molto – Allegro – Andante molto – Allegro molto)

楽器編成と音楽的特徴

この作品は、シューベルトが手がけた室内楽曲の中で最も大規模な編成をとっています。具体的には、クラリネット、ファゴット、ホルンが各1名、そして弦楽五部（ヴァイオリン2名、ヴィオラ1名、チェロ1名、コントラバス1名）という、合計8つの楽器が用いられています。この編成や全体の構成は、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンが作曲した人気の高い《七重奏曲》作品20を明らかにモデルとしており、それに第2ヴァイオリンを加えたものと考えられます。ただし、ベートーヴェンの作品とは異なり、第3楽章と第5楽章に置かれたメヌエットの順序が入れ替わっている点や、最終楽章に提示部の反復記号がないといった違いも見られます。特に、作品の初演時に著名なヴァイオリニスト、イグナーツ・シュパンツィヒが演奏を担当した第1ヴァイオリンのパートには、極めて高度な演奏技巧が要求されます。

また、この作品の楽章の中には、シューベルト自身が過去に作曲した旋律が再利用されています。例えば、第1楽章の主要な主題は、彼の有名な歌曲《さすらい人》からの着想を得て展開されています。そして、第4楽章の主題には、彼自身のジングシュピール『サラマンカの友人たち』第2幕に登場する、ラウラとディエゴの愛の二重唱「木々の明るい屋根の下に横たわり (Gelagert unter'm hellen Dach der Bäume)」の美しい旋律が用いられています。

「大交響曲」との関連を巡る歴史的経緯

この八重奏曲が書かれた1824年頃、シューベルトは友人への手紙などで、新たな「大交響曲」に取り組んでいることに言及していました。しかし、この時期にシューベルトが完成させた作品の中に、当時一般的に「交響曲」と見なせるような大規模な管弦楽曲が確認されなかったため、一時期、この八重奏曲や、同じく規模が大きく「シンフォニック」な性格を持つピアノ連弾曲《グラン・デュオ ハ長調》D812こそが、シューベルトが当時「大交響曲」と呼んだ作品本体、あるいはその初期の構想だったのではないか、という推測が一部の研究者の間で行われました。あるいは、実際に交響曲としてスケッチを開始したものの、早い段階でその構想を放棄し、代わりに他の作品に転用した可能性も考えられました。実際、以前は現在「未完成交響曲」として知られる作品を「第8番」と位置付け、この1824年に存在したとされる未発見の交響曲（時に「グムンデン・ガスタイン交響曲」とも呼ばれます）の総譜が将来発見されることを期待する研究者も少なくありませんでした。なお、この時期のシューベルトの交響曲の番号付けは研究史において複雑な経緯をたどっており、例えば曲としては完成してもオーケストレーションが一部のみの《交響曲ホ長調》D729などは、通常は番号付きの交響曲からは除外されています。

しかし、その後の研究の進展により、シューベルトが当時友人たちに語っていた「大交響曲」は、今日「ザ・グレート」として親しまれている長大な《大ハ長調交響曲》D944（あるいはD764）を指していたことが明らかになっています。特に決定的な証拠とされるのが、1824年3月31日付の友人レオポルト・クペルヴァイザーへの手紙です。その中でシューベルト自身が「既に八重奏曲は完成させました」と述べた直後に、「同じような様式で大交響曲に着手するつもりです」と明記しているからです。この記述からは、八重奏曲と「大交響曲」が、単に「壮大」であるという共通点を持つものの、直接的な関連性はない、むしろ独立した異なる作品であることを作曲家自身が明確に示唆していたと考えられます。したがって、現在では八重奏曲D803は「大交響曲」そのものやその別稿ではなく、あくまで同時期に構想・作曲された別個の傑作として理解されています。

もう一度検索