共通外層

共通外層（Common Envelope）

連星系の進化過程において、非常に短く劇的なフェーズが存在します。それが「共通外層」と呼ばれる状態です。これは、主星から伴星への物質の移動が制御不能となり、伴星が膨張した主星の外層内部に深く入り込んでしまうことで形成される、一時的な共有外層を持つ状態を指します。この期間はわずか数ヶ月から数年と極めて短命です。

発生メカニズム

共通外層の形成は、通常、連星の軌道が何らかの原因で不安定になったり、片方の恒星、特に主星が巨星化して急激に膨張し始めたりすることによって始まります。膨張した主星のガスが、その伴星に対する重力的な影響圏であるロッシュ・ローブの限界を超えて溢れ出すと、伴星への質量移動が開始されます。この物質の移動は、二つの星間の軌道を収縮させる効果を持ちます。軌道が縮むと、ロッシュ・ローブはさらに小さくなるため、物質の溢出はさらに加速されます。この正のフィードバックが繰り返されることで、軌道の収縮と主星の外層の膨張が急速に進行し、結果として不安定な質量移動が暴走状態に陥ります。伴星がこの大量の流れ込む物質全てを受け止めきれない場合、伴星は最終的に主星の外層全体に包み込まれ、共通外層が形成されます。

構造と内部のダイナミクス

共通外層が一度形成されると、元々主星だった恒星の核部分はそのまま残り、その周囲を覆う広大な外層ガスの中に、主星の核と伴星という二つの天体が存在することになります。これらの天体は、この共通の外層ガスの中で互いの周囲を回る軌道運動を続けます。しかし、周囲に存在する密度の高いガスからの抵抗を受けることで、二つの天体は運動エネルギーを失っていきます。このエネルギー損失により、両天体の間の軌道は徐々に、そして加速的に内側へと狭まっていきます。この現象は、内側への螺旋運動を示すことから「spiral-in」（スパイラル・イン）と呼ばれています。失われた軌道エネルギーは熱へと変換され、共通外層のガスを加熱し、外側へと膨張させる原動力となります。

共通外層の終焉

共通外層のフェーズは、加熱・膨張した外層ガスが最終的に宇宙空間へ全て放出されるか、あるいは内部でspiral-inを続けた主星核と伴星が互いに接触し融合するかのいずれかの形で終焉を迎えます。外層ガスを加熱・膨張させるためのエネルギー源は、二つの天体の軌道エネルギー損失、すなわちspiral-in過程です。このエネルギー供給が止まるか、あるいは外層そのものが失われれば、共通外層という状態は維持できなくなります。

終焉後の姿

もし二つの天体が融合するよりも早く、共通外層のガス全てが宇宙に放出された場合、その後には元々主星だった恒星のコンパクトな核（多くは白色矮星となります）と、伴星だった主系列星が残ります。これらの天体は、spiral-inを経て非常に接近した軌道を持つ近接連星系となっているのが一般的です。このような共通外層を経た進化は、不規則な増光を示すことで知られる「激変星」のような近接連星系が形成される主要なシナリオの一つであると考えられています。

接触連星との違い

共通外層は、二つの恒星が物理的に接触し、ガスの外層を共有する「接触連星」と混同されることがあります。しかし、両者は本質的に異なる現象です。共通外層は、上記で述べたように、わずか数年程度の短い期間に起こる動的で不安定な進化段階です。一方、接触連星は、数百万年から数十億年という非常に長い時間にわたって維持される可能性のある、比較的安定した状態です。接触連星では、二つの恒星の外層は静水圧平衡に近い状態にあり、公転周期と同期して自転していますが、共通外層ではこのような安定した物理状態や同期自転は見られません。

観測の現状

共通外層のように短命で激しい現象を直接捉えることは技術的に困難です。理論的な予測によれば、観測される共通外層は、典型的な新星よりは明るいものの、超新星ほどではない中程度の明るさを持つとされています。その外層ガスの温度は約5000K程度と比較的に低く、赤っぽい光を放つと考えられています。外層が非常に巨大であるため、その光度は大きく、赤色巨星に匹敵する明るさになることもあります。共通外層の形成が始まると、光度は急激に増加し、その後数ヶ月間は、外層内の水素が再結合する際に放出されるエネルギーによって光度が一定に保たれる期間がある可能性が指摘されています。この期間を過ぎると、光度は急速に減衰します。近年、このような特徴を示す天体がいくつか観測されており、「高輝度赤色新星（Luminous Red Novae）」と呼ばれています。これらの現象は、比較的遅い膨張速度（秒速数百〜千キロメートル）と、10の38乗から10の40乗ジュールにも達する合計放射エネルギーが観測されています。これまでに共通外層の可能性が高いと考えられている天体には、M85 OT2006-1（外層放出の証拠とされる）、さそり座V1309星（恒星が融合したと推測されている）、M31 RV、いっかくじゅう座V838星などが挙げられています。

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