冬期限定ボンボンショコラ事件

概要

本書は、米澤穂信による推理小説で、2024年に創元推理文庫より刊行された〈小市民〉シリーズの第4作にして完結編です。物語は、大学受験を目前に控えた高校3年生の冬を舞台に、主人公が遭遇した現在のひき逃げ事件と、3年前に同じ場所で起きた同級生のひき逃げ事件を、並行して描く構成を取っています。

作品の核心にあるのは、「抜け道のない密室状況から、ひき逃げ車両はいかにして、そしていずこへ消えたのか」という謎です。この謎を軸に、主人公である小鳩常悟朗と小佐内ゆきの「最初」と「最後」の事件が絡み合い、二人の関係性の変化と成長、そして隠された過去の因縁が明らかになっていきます。

本書は刊行後、高い評価を受け、「週刊文春ミステリーベスト10」2024年国内部門第2位、「このミステリーがすごい!」2025年国内編第2位、「ミステリが読みたい!」2025年版国内篇第2位、「本格ミステリ・ベスト10」2025年版国内第9位に選出されました。

あらすじ

予期せぬ事故と過去の影

物語は、高校3年生の12月、大学受験が目前に迫る中で幕を開けます。主人公の小鳩常悟朗は、小佐内ゆきと共に河川敷沿いの堤防道路を歩いていた際、突然対向車線から突っ込んできた車にひき逃げされ、重傷を負います。この事故により、常悟朗は太腿骨折などの怪我を負い、長期間の入院とリハビリが必要となり、大学受験を断念せざるを得なくなります。病室で目覚めた常悟朗は、旧友である堂島健吾から、中学時代の同級生、日坂祥太郎が自殺したらしいと聞かされます。また、ひき逃げされた場所が、3年前に祥太郎が同じようにひき逃げされ、自身と小佐内が出会うきっかけとなった因縁の場所であることに気づきます。小佐内は、犯人を許さないというメッセージを常悟朗に残し、独自の動きを見せ始めます。

3年前の出来事

入院中の常悟朗は、過去の出来事を回想しノートに書き留めます。3年前、中学3年生だった祥太郎は、同じ堤防道路で常悟朗と酷似した状況でひき逃げに遭い、バドミントン部の夏季大会出場を断念しました。功名心から犯人逮捕に燃える常悟朗は、目撃者探しを行う中で、祥太郎のひき逃げ車が逃走時に小佐内をもひきかけようとしていたことを知ります。復讐心を持つ小佐内と出会った常悟朗は、利害の一致から協力して逃走車を追うことになります。空色の軽ワゴン車は、現場から一本道の堤防道路を走り、突き当りのT字路にあるコンビニの前を通るはずでした。しかし、コンビニの防犯カメラには、なぜか逃走車が映っていませんでした。この謎を抱えつつ、二人は祥太郎に同行していた黄葉高校の女子生徒の存在を知り、その行方を追います。張り紙や聞き込みは波紋を呼び、やがて祥太郎の父親から事件から手を引くよう忠告されます。さらに、警察が動き出し、コンビニ店主の娘・麻生野瞳が驚くべき方法で防犯カメラの謎を解き明かし、犯人が逮捕されます。この一連の出来事を通じて、常悟朗と小佐内は、自分たちの推理や行動が周囲に与える影響の大きさを痛感し、自らの性向を封じ込めて「小市民」として生きることを互いに誓い合ったのでした。

現在の事件の真相

現在の常悟朗は、入院生活の中でリハビリに励む一方、小佐内が毎晩のように病室を訪れ、ボンボンショコラや謎めいたメッセージカードを残していくことに気づきます。やがて、小佐内が仕掛けた盗聴器により、自分が日常的に睡眠薬を飲まされている可能性を知り、小佐内からの警告に従って水薬を飲むことをやめます。小佐内の助けを得て、車椅子での移動中に担当看護師の不自然なルート選択（遠回りな左回り）に疑問を抱いた常悟朗は、その看護師が3年前に出会った祥太郎の姉、日坂英子であることを確信します。英子は、当時の常悟朗たちの行動が原因で弟との関係を断たれたことを深く恨んでおり、衝動的に常悟朗をひき殺そうとしたことを告白します。車を川に沈めたため見つかっていなかったのです。常悟朗の担当になったのは偶然でしたが、直接手を下すことに躊躇いがあり、睡眠薬で外部との接触を妨げ、回復を遅らせようとしていました。しかし、常悟朗の回復を知り、再び怪我を負わせるため、金槌を持って病室に戻ってきたのでした。

最後の対峙、そして未来へ

金槌を持った英子に追われた常悟朗と小佐内は、病院の屋上庭園に追い詰められます。小佐内が警察に通報する傍ら、常悟朗は時間稼ぎのため英子に語りかけ、彼女の動機――両親の離婚による姉弟の離別、復縁の試み、そしてそれが常悟朗たちの行動で露見し、弟が自殺未遂に至った経緯――を聞き出します。緊迫した状況の中、杖をついた祥太郎が姿を現します。弟に自らの行為を知られた英子は崩れ落ち、警察に連行されます。事件後、常悟朗と祥太郎は、過去の誤解と一方的な善意について互いに謝罪し、わだかまりを解きます。小佐内は、密かに英子の担当看護師名札から日坂姓を知り、健吾を通じて祥太郎を探し出し、二人を対面させることで英子への復讐を果たそうとしていたことが示唆されます。また、3年前のコンビニ防犯カメラの謎についても、コンビニ店員のデータ改竄と麻生野の洞察によるものだったと常悟朗は推理を巡らせます。受験が一年遅れとなった常悟朗に、小佐内は自身が進学する京都の大学を勧め、最後の別れ（再会を期したもの）を告げます。

主な登場人物

小鳩常悟朗: 推理好きの性分を抑え、「小市民」として生きようと努める高校生。
小佐内ゆき: 復讐を好む性質を持つが、常悟朗との互恵関係の中で「小市民」を目指す高校生。
堂島健吾: 常悟朗の旧友。新聞部元部長。
日坂祥太郎: 3年前のひき逃げ事件の被害者。常悟朗の中学時代の同級生。
日坂英子: 祥太郎の姉。常悟朗の担当となった看護師。
麻生野瞳: 3年前の事件に関わるコンビニ店主の娘。中学時代の常悟朗の同級生。

本作は、二つのひき逃げ事件を軸に、過去の傷と現在の危機に立ち向かう小鳩常悟朗と小佐内ゆきの姿を通して、青春の痛み、過ち、そして互いを支え合う関係性の深まりを描き出した、シリーズを締めくくるにふさわしい一編です。

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