出世景清

近松門左衛門傑作『出世景清』：義太夫節の夜明けと悲劇の英雄

『出世景清』は、近松門左衛門が1685年（貞享2年）、大坂の竹本座で初演した人形浄瑠璃です。全5段からなる時代劇で、その後歌舞伎にも舞台を移しました。この作品は、近松門左衛門がそれまで作品を提供していた宇治加賀掾ではなく、竹本義太夫のために書き下ろした初めての作品として知られています。

この演目の基盤となっているのは、幸若舞の『景清』です。平家物語にも登場する、源平合戦で活躍した武将・平景清を題材にしていますが、『出世景清』では、平家滅亡後も生き延び、源頼朝への復讐を誓う景清の苦悩が中心に描かれています。

1685年、大坂では、竹本義太夫と京の加賀掾による競演が行われました。この競演において、井原西鶴が加賀掾のために『暦』『凱陣八嶋』という2作品を提供したのに対し、義太夫は近松門左衛門の新作『出世景清』と『賢女の手習幷新暦』で対抗しました。この競演は、義太夫節という新しい芸能の隆盛を促す上で重要な出来事だったと言えるでしょう。

近松門左衛門は、『平家物語』や能楽、幸若舞など、様々な作品で取り上げられてきた景清という題材を、独自の視点で捉え直しました。従来の景清像を踏襲しつつも、近松はそこに人間的な葛藤や苦悩を深く掘り下げ、観る者の心を揺さぶる、人間味あふれるドラマを作り上げました。

『出世景清』は、単なる復讐劇にとどまりません。景清という一人の人間の運命、そして生きることの苦しみ、復讐という行為の矛盾や悲しみなど、普遍的なテーマが丁寧に描かれています。その深みのある物語と、義太夫節の音楽が一体となって、観る者に強い印象を与えます。

この作品は、義太夫節の歴史においても重要な位置を占めています。それまでの浄瑠璃を「古浄瑠璃」と呼ぶのに対し、『出世景清』以降の浄瑠璃は「当流浄瑠璃」と呼ばれ、義太夫節の創始を告げる画期的な作品と評価されています。近松門左衛門の卓越した劇作術と、竹本義太夫の奏でる音楽が融合した『出世景清』は、日本の芸能史上に燦然と輝く名作として、今なお人々の心を魅了し続けています。

近年のゲーム業界においても、『出世景清』は着想の源泉となっています。『源平討魔伝』という純和風アクションゲームは、本作をモチーフとして制作された作品の一つであり、歴史的題材を現代的な表現で再解釈した、興味深い例と言えます。

参考文献

児玉幸多『日本の歴史16 元禄時代』中央公論新社〈中公文庫〉、1974年5月。ISBN 978-4122046191。 （2005改版）
原田伴彦、榎森進、辻惟雄他『日本歴史展望8 江戸幕府と三百諸侯の支配』旺文社、1981年10月。

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