前提

前提：論理と言語における条件

「前提」という語は、論理学と言語学の異なる文脈で用いられ、それぞれ微妙に異なる意味を持ちます。本稿では、これらの違いを明確にしながら、前提の概念を多角的に解説します。

論理学における前提

論理学において、前提 (premise) とは、推論の出発点となる命題です。結論を導き出すための根拠となる情報であり、結論と対比されます。代表的な例として、アリストテレスの三段論法が挙げられます。

三段論法では、一般原則を示す「大前提」と、具体的な事例を示す「小前提」から、新たな結論を導き出します。

例：

大前提：すべての人間はいつか死ぬ。
小前提：ソクラテスは人間である。
結論：ゆえに、ソクラテスはいつか死ぬ。

この例では、「すべての人間はいつか死ぬ」と「ソクラテスは人間である」という二つの前提から、「ソクラテスはいつか死ぬ」という結論が論理的に導かれています。

言語学における前提

言語学、特に意味論や語用論における前提 (presupposition) は、論理学における前提とは異なる概念です。ある命題が適切に理解されるためには、前提となる情報が既に聞き手の側に共有されている必要があります。これは、文そのものの真偽とは独立した、文脈依存的な要素です。

例：

「彼はまた試験に失敗した」という文は、「彼が以前に試験に失敗したことがある」という前提を暗黙的に含んでいます。この前提が満たされていない状況でこの文は不自然に聞こえます。

この言語学的な前提の概念は、記述理論をめぐる哲学的な議論から生まれました。バートランド・ラッセルとピーター・ストローソンの議論が有名です。「現在のフランス王は禿である」という文は、フランスに王が存在しないため、ラッセルは偽と判断しました。一方、ストローソンは「フランスに王がいる」という前提が満たされていないため、この文は真偽を決定できないと主張しました。

前提トリガー

言語表現の中には、特定の前提を自動的に生み出すものがあります。これらを「前提トリガー (presupposition trigger)」と呼びます。

定記述：「現在のフランス王は禿である」→「現在、フランス王が一人存在する」
叙述動詞：「私は禁煙したことを後悔している」→「私は禁煙した」
状態変化動詞：「私は走るのをやめた」→「私は走っていた」
反復表現：「彼はまた試験に失敗した」→「彼は以前に試験に失敗したことがある」
その他：含意動詞、判断動詞、時間節、分裂文、比較表現、非制限関係節、反事実条件文、疑問文など

前提投射と前提調節

複雑な文において、前提がどのように伝わるのかを「前提投射 (presupposition projection)」の問題と呼びます。また、前提が事前に共有されていない場合でも、会話の文脈から理解されることがあります。これを「前提調節 (presupposition accommodation)」と呼びます。

前提調節は常に可能とは限りません。「〜も」のような表現は、前提の調節を許さない、照応的な前提トリガーです。

まとめ

論理学と言語学における「前提」の概念は、一見同じように見えるものの、本質的に異なるものです。論理学の前提は推論の根拠、言語学の前提は文脈依存的な暗黙の情報です。これらの違いを理解することで、より精緻な論理的思考と、より深い言語理解が可能になります。様々な前提トリガーや、前提投射、前提調節といったメカニズムを理解することは、コミュニケーションにおける誤解を防ぎ、より効果的な情報伝達を行う上で重要です。 これらの概念は、哲学、言語学、人工知能など、様々な分野で活発に研究されています。

もう一度検索