前田愛 (文芸評論家)

前田愛：近代日本文学研究のパイオニア

前田愛（まえだ あい、1931年4月20日-1987年7月27日）は、20世紀後半の日本を代表する国文学者にして文芸評論家です。本名は前田芳美。東京大学文学部国文科卒業後、大学講師、助教授を経て、立教大学教授に就任。その研究は日本近世文学から近代日本文学へと広がりを見せ、都市小説論やテクスト論など、現代的な視点を取り入れた独自の研究を展開しました。

生涯と研究活動

1931年、神奈川県藤沢市で医師の父のもとに生まれました。幼少期は父の転勤に伴い、三重県、北海道と転居を繰り返します。東京大学在学中に結核を発病、学業に支障をきたしますが、1957年に卒業。その後も結核の再発に見舞われ、肋骨を切る手術を受けるなど、健康面での苦労を経験しながらも、研究活動を続けました。

大学卒業後は、駒場の演劇サークル「劇研」に参加するなど演劇にも関わり、1962年には結婚。1963年には清泉女学院で教鞭を執り、1965年には東京大学大学院博士課程を単位取得満期退学。成蹊大学、立教大学と教鞭をとりながら、精力的に研究活動、執筆活動を行いました。

彼の研究は、当初は日本近世文学を専門としていましたが、次第に幕末・明治期の文学、そして近代日本文学へと軸足を移していきます。樋口一葉や斎藤緑雨といった近代作家の研究にも深く取り組み、『樋口一葉の世界』など多くの著作を発表。特に『都市空間のなかの文学』は、都市小説論における代表作として高く評価されています。

また、学外活動も盛んに行い、『毎日新聞』、『読売新聞』、『朝日新聞』の書評委員を務めるなど、幅広いメディアを通して、近代文学の解釈を提示し続けました。河合隼雄、中村雄二郎、山口昌男らと「都市の会」を結成するなど、学際的な研究にも積極的に関わっていました。

著作と業績

前田愛の著作は、その多様さと深さが特徴です。近世文学から近代文学までを網羅し、時代背景や社会状況を丁寧に分析しながら、作家の作品世界を解き明かしています。

彼の著作は、単に文学作品を解説するだけでなく、テクスト論や記号論といった新しい文学理論を取り入れながら、独自の視点で文学作品を捉え直しています。たとえば、『近代読者の成立』では、近代文学における読者の変遷を独自の視点から考察しています。また、『都市空間のなかの文学』では、近代都市における文学の位置づけを鋭く分析しています。さらに『幕末・維新期の文学』では、激動の時代を生きた文学者たちの姿を克明に描いています。

これらの著作は、現代の文学研究にも大きな影響を与え続け、多くの研究者から高く評価されています。

彼の蔵書は13,000冊にも及び、その中には『硯北日録』などの貴重な資料も含まれていました。没後、この蔵書はコーネル大学に寄贈され、現在も研究に活用されています。

人物像

前田愛は、研究者としての顔だけでなく、人間的な魅力も持ち合わせていました。けん玉の腕前は高く、学生の前で披露することもあったそうです。また、身長180センチ近くと長身であったことも知られています。

1987年、56歳で小腸腫瘍のため永眠。没後も『前田愛著作集』が刊行されるなど、その業績は高く評価され続けています。彼の研究は、近代日本文学研究に新たな地平を開いただけでなく、現代の私たちに、文学を読む新たな視点を提供し続けています。

家族

父は医師の前田愛天、祖父も医師の前田愛郷で、医学一家に育ちました。

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