加藤まさを

加藤まさを（かとう まさを、1897-1977）は、大正末期から昭和初期にかけて日本の文化シーンに大きな足跡を残した芸術家です。画家、詩人、小説家、そしてイラストレーターとして多岐にわたり活躍し、本名は正男といいます。藤枝春彦や蓮芳夫といった別名も用いました。

加藤まさをは1897年4月8日、静岡県藤枝市にあたる西益津村で生を受けました。幼少期は祖父母のもと藤枝で過ごしましたが、1910年には両親が住む東京へ移り、早稲田中学校に入学します。その後、高輪中学校へ転校し、そこで出会った教師・森田亀之輔の影響を受け、さらに森田が所持していた英国の画家エトマンド・デュラスの作品に感銘を受け、抒情画への関心を深めました。1917年に同校を卒業すると、立教大学に入学。英文科に進み、心理学や美学を教える菅原教造教授から深い人間形成の助言を得ると共に、川端画学校で洋画の技法を学びます。

大学在学中、デンマークの童話作家アンデルセンの世界に魅せられた加藤は、彼の童話を主題にした抒情的な絵を描き始めます。1919年、大学の先輩が経営する上方屋平和堂から「まさを」名義で絵葉書シリーズ『アンデルセン童話』や『こどものうた』を出版。これらの絵葉書は瞬く間に人気を集め、加藤まさをの名前は広く知られることとなりました。この成功は経営不振だった上方屋の立て直しにも貢献したと言われています。これを機に、加藤は多数の絵葉書制作を手掛け、並行して詩や童謡の創作活動も展開していきます。

1920年3月には、立教大学の文芸誌『塔』の創刊に尽力し、その装幀や挿絵、カットすべてを担当しました。特に、星空を背景にした立教の塔がシルエットで描かれた表紙や、加藤が好んだ人魚の挿絵は印象的でした。創刊号には加藤自身の詩や童謡も掲載されています。同年に詩画集『カナリヤの墓』、翌1921年には『合歓の揺籃』を刊行。1921年には立教大学英文科を中途退学しましたが、後に名誉卒業の栄誉が与えられています。

1922年には初の詩集となる『涙壺』を発表。そして1923年、『少女倶楽部』誌上で童謡『月の沙漠』を発表します。この詩と挿絵が評判を呼び、作曲家・佐々木すぐるによって曲がつけられ、ラジオ放送を通じて全国的な人気を獲得しました。

加藤まさをは、『少女倶楽部』『少年倶楽部』『少女画報』『令女界』といった当時の人気雑誌の装丁や挿絵を数多く手掛けました。また、佐々木すぐるが編集した『青い鳥楽譜』シリーズや、西條八十の詩集などの装丁・挿絵も担当しています。自身の創作としても、詩画集『加藤まさを抒情詩集』(1926年)などを刊行。絵葉書、装丁、口絵、挿絵といった絵画分野に加え、詩や小説の執筆においても精力的に活動しました。

大正期を代表する抒情画家の一人として、加藤まさをは当時の少年少女読者から絶大な支持を得ていました。読者ファンとの交流を大切にし、女学生の髪型や服装といった流行にも通じていました。また、趣味においてもバラの栽培、ヴァイオリン演奏、テニスなど、当時の少女たちが憧れるような活動を好んでいました。小説分野では、『遠い薔薇』(1926年、短編集)、『消えゆく虹』(1929年、長編小説)などを発表しており、平凡社から出版された『令女文学全集』(1929-1930年)の1巻に作品が収録されるなど、高い評価を得ていました。

童謡『月の沙漠』のモデルについては、青年期に結核の療養のためしばしば訪れていた千葉県御宿海岸であるという推測がしばしばなされています。加藤自身も晩年には「月の沙漠は御宿の砂丘」と揮毫を残したことがあります。この御宿との縁から、1976年には御宿町へ移住し、1977年に同地で逝去しました。御宿町では、1974年に廃校となった町立岩和田小学校の校歌作詞作曲も手掛けています。ただし、『月の沙漠』のモデルについて、加藤本人は生前に「月面の沙漠という意味だ」と語っていたとも伝えられています。温和な性格であった加藤は、ゆかりの地を名乗る自治体に対して積極的に意見を述べることはありませんでした。

出身地である藤枝市でも、藤枝市郷土博物館・文学館において、加藤まさをの業績が紹介・顕彰されています。その作品は弥生美術館にも所蔵されており、今なお多くの人々に親しまれています。

加藤まさをは、ロマンチックで夢幻的な作風で、大正・昭和初期の抒情画ブームを牽引しました。詩人、小説家としての才能も兼ね備え、『月の沙漠』のような国民的な童謡を生み出すなど、日本の近代文化史において、その多才な活動は特筆されるべき功績と言えるでしょう。

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