加藤玄智

加藤玄智（かとうげんち、1873年 6月17日 - 1965年 5月8日）は、近代日本を代表する宗教学者の一人です。文学博士の学位を持ち、その功績に対して正四位、勲三等、瑞宝章、紫綬褒章などが授与されました。主に神道研究、特に「国家神道」という概念の提唱者として知られています。

東京府浅草にて、浄土真宗の僧侶を父として生を受けました。幼い頃から仏教的な環境に育ちましたが、後に学問の道に進みます。1896年、東京帝国大学文科大学哲学科に入学し、当時日本の哲学・宗教学を牽引していた井上哲次郎らの指導のもとで学びました。1899年に同大学を卒業後、大学院へ進学し、さらに研究を深めました。

学業の傍ら、加藤玄智は仏教界の改革を目指す動きにも関わりました。高島米峰や境野黄洋らが中心となって結成された、若い在家仏教徒による「仏教清徒同志会」（後に新仏教同志会と改称）に参加。この会は、健全な仏教信仰を提唱し、当時の仏教界のあり方に一石を投じるものでした。また、仏教を中心とした宗教の普及を目的とした「宗教研究会」の運営にも携わり、学術的な探求と並行して、宗教の実践や社会への関心も深めていきました。

1906年、加藤は陸軍教授として士官学校に嘱託され、主に英語教育を担当しました（1933年まで）。同年、東京帝国大学文科大学の宗教学講師にも嘱託され、大学での教鞭も開始します。翌1907年には陸軍大学校教授に任じられ、軍事教育にも関わることとなりました。1909年には東京帝国大学大学院より文学博士の学位を授与され、その学術的権威を確立しました。

学術活動の推進にも力を注ぎました。1912年には、日本文明および神道に関する学際的な研究を目的とした「明治聖徳記念学会」を創設しました。この学会は、加藤のその後の神道研究の中心的な拠点となります。1920年には、東京帝国大学に新設された神道講座の助教授に着任し、日本の最高学府において神道研究を本格的に展開する体制を整えました。1933年に東京帝国大学を退官した後も、國學院大學や大正大学などで教授として後進の指導にあたり、教育・研究活動を続けました。

加藤玄智の宗教学における最大の貢献の一つは、「国家神道」という概念を提唱し、その体系化に努めた点にあります。陸軍教授としての経験から、彼は日本人の国民道徳や天皇観念に強い関心を抱くようになりました。著書『我建國思想の本義』などで示された彼の思想によれば、日本の天皇に対する考え方は、西洋の一神教における神観念と多くの類似点を持ちます。また、日本人の間に深く根差した忠孝の精神は、宗教学者シュライアマハーが定義する宗教の概念に合致する一種の信仰であると論じました。武士道や大和魂に見られる絶対服従の精神態度も、西洋における同様の精神性と比較検討しました。こうした考察に基づき、国民道徳はもはや天皇を信仰の対象とする一種の宗教、すなわち「天皇『教』」あるいは「忠孝『教』」として捉えられるべきだと論じ、国民道徳が宗教であることを実証しようと試みました。彼のこうした思想は、明治天皇の崩御と、それに続いた乃木希典大将夫妻の殉死事件によって、さらに深化させられることとなります。

後の著作『我が国体と神道』においても、天皇とアブラハムの宗教における唯一神との対応関係や、忠孝の宗教性について論を進めました。彼は当初、国民道徳を「天皇教」と捉えましたが、やがてこの道徳を神道と結びつけ、「国家的神道」論へと発展させていきます。加藤は神道を「国家的神道」と「宗派的神道」の二つに大きく分類しました。「宗派的神道」は、当時の文部省神社局が管轄していた十三派の神道など、行政上他の宗教と同様に扱われるものを指します。一方、「国家的神道」はさらに「国体神道」と「神社神道」に分けられます。「国体神道」は、先に論じた国民道徳や天皇教のような、無形の精神的側面を指し、「神社神道」は神社や鳥居といった外形的な側面を指しました。彼はこの「国家的神道」を、行政上の宗教区分とは異なる次元で、宗教学的な視点から「宗教」として分析し、その特質を明らかにしようとしました。

戦後、加藤玄智は陸軍教授であった経歴やその思想から、公職追放の対象となりました。しかし、神道に対する彼の関心と研究への情熱は失われることなく、その後も研究活動を続けました。

加藤玄智は宗教学、特に日本の宗教と神道に関する研究において多くの業績を残しました。多数の著書や論文を発表し、その後の日本の宗教学研究に大きな影響を与えました。彼の墓所は多磨霊園にあります。

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