加護山製錬所

加護山製錬所：秋田に眠る幻の製錬所

加護山製錬所は、現在の秋田県能代市二ツ井地域に、江戸時代から明治時代にかけて存在した製錬所です。米代川と藤琴川の合流点近くに位置し、かつては「籠山」とも呼ばれていました。

現在、製錬所の建物は残っておらず、杉木立の中に鍰（鉱滓）が散見されるのみです。しかし、貯水池の跡や石垣の遺構が、往時の隆盛を物語っています。藤琴川が西に迫り、東には急峻なきみまち阪がそびえる地形は、南北に細長い平坦地を形成しています。きみまち阪の途中には加護山神社が鎮座し、かつては米代川の増水時に羽州街道として利用された道が、現在のきみまち阪第二駐車場まで続いています。

久保田藩の財政を支えた製錬所

江戸時代、久保田藩の銅は大坂で珍重されていました。当時の精製技術では、秋田産の銅には多量の銀が混入していたためです。そこで、久保田藩は平賀源内などの技術者を招聘し、南蛮吹きの技術を用いて藩内で銀を生産するため、加護山製錬所を建設しました。阿仁鉱山や太良鉱山などから鉱石を運び込み、銀、銅、鉛などを生産しました。

阿仁鉱山周辺では、銅の生産に必要な燃料の確保が困難でした。加護山製錬所は、燃料を容易に確保できる場所として選ばれました。藤琴川上流には豊富な山林資源があり、船便での運搬も可能でした。また、阿仁鉱山の銅製錬に不可欠な鉛を、太良鉱山から調達できる利点もありました。

平賀源内との関わり

1773年、久保田藩の江戸藩邸御用人であった太田伊太夫は、医師の千賀道隆宅で偶然、平賀源内と吉田理兵衛に出会います。そこで、太田は彼らから「秋田の銅山には銀が取り残されているのではないか」という話を聞き、藩に上申しました。久保田藩は平賀と吉田を秋田に招聘しましたが、幕府から南蛮絞りの技術を伝授してはならないと厳命されていました。彼らは院内鉱山や阿仁鉱山、加護山製錬所を巡回し指導を行いましたが、その効果は限定的だったとする資料も存在します。しかし、吉田理兵衛の父がその功績により生涯十人扶持を与えられたという事実から、一定の成果があったと考えられています。

1774年、太田伊太夫は平賀と吉田から伝授されなかった南蛮吹きの技術を習得するため、大坂に派遣されました。太田は、秋田の鉱山経営に縁のある大坂屋久左衛門に依頼し、手代の善右衛門らを秋田に派遣させました。1775年7月から新技術による製錬所の建設が始まり、同年12月10日からは本格的な南蛮吹き法による銀や銅の生産が開始されました。

最盛期と衰退

慶応年間（1865年 - 1868年）には、加護山製錬所は最盛期を迎え、48軒の人夫小屋が立ち並び、400人前後の人々が暮らす別天地となっていました。

加護山製錬所に関する文献や資料は、秋田県立図書館に所蔵されています。「長浜屋源左衛門 上書 平賀源内 吉田理兵衛秋田へ招く事」「羽州加護山 銀絞方大意」「加護山製錬所作業絵図」「加護山銀絞方法」などの文書からは、当時の製錬所の様子を垣間見ることができます。特に、美しく彩色された絵図は、当時の作業風景を鮮やかに伝えています。

密鋳された貨幣

加護山製錬所では、多彩な貨幣が密造・鋳造されていました。これらの貨幣は、久保田藩内や阿仁鉱山、加護山製錬所、太良鉱山でのみ通用するものでしたが、藩の財政維持に大きく貢献しました。「阿仁銭」とも呼ばれていましたが、文献の発見により加護山で鋳造されたことが明らかになっています。全国には密鋳に利用された銭座が多数存在しますが、確証があるのは久保田藩の加護山銭座だけであると言われています。また、品位の高い十種に及ぶ多彩な貨幣が鋳造されたことは、全国随一とされ、貨幣収集家からも注目されています。この密鋳は1862年から1870年まで行われました。

発掘される遺物

加護山製錬所からは、実際に鋳造銭が出土しています。また、英国製ルツボや顕微鏡部品、銅の聖母像なども出土しており、明治初期に外国人技師が在籍していたことが裏付けられています。

明治維新後の終焉

1869年5月、明治新政府は貨幣の全国統一制度を目指し、各藩ごとの藩札や鋳貨製造を禁止しました。1870年8月、監督使の岩男権正が秋田に赴任すると、密告により1月まで密造が行われていたことが発覚します。これは藩財政担当を陥れるための派閥抗争であるとも言われていますが、「秋田の偽金事件」として中央で問題視されました。1871年の判決では、佐藤時之助と大山治右衛門が「準流十年」となりました。佐藤は判決の16日前に獄死しており、責任を一人で負う覚悟の自殺とも言われています。大山も翌年獄中で病死しました。

1885年には古河鉱業に払い下げられ、1894年に古河鉱業が向能代に東雲製錬所を建設したことに伴い、加護山製錬所は廃止されました。

加護山製錬所は、その短い歴史の中で、久保田藩の財政を支え、日本の近代化に貢献しました。現在ではその面影は薄れていますが、発掘調査や文献研究によって、その歴史が少しずつ明らかになっています。

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