労働の地理学

労働の地理学とは

労働の地理学は、1990年代以降に発展した経済地理学の一分野であり、アメリカの地理学者アンドリュー・ヘロッドによって提唱されました。この分野は、従来の経済地理学が企業の意思決定や資本の動きに焦点を当て、労働者を単なる労働力として扱っていた点を批判的に捉え、労働者自身が持つ主体性に注目します。

従来の経済地理学との違い

従来の経済地理学では、労働力の分布や移動は研究対象でしたが、それは企業の視点からの分析に終始していました。労働者は空間を構成する主体としては認識されておらず、受動的な存在として扱われていました。

しかし、労働の地理学では、労働市場を単なる価格メカニズムとしてではなく、生産、再生産、社会的調整の相互作用の結果として捉え、その地域的な多様性に注目します。労働市場は地域によって異なり、その多様性からさまざまな空間スケールが生じます。そのため、空間スケールが生じるメカニズムや、上位・下位のスケールとの関連性を研究することが重要な課題となっています。

研究の始まりと発展

労働の地理学の先駆けとなる研究は、1980年代のアメリカやイギリスで始まりました。当時、閉鎖や移転が相次いでいた工業地域とその周辺の構造的な把握を目指していました。

1997年、アンドリュー・ヘロッドが論文「From a geography of labor to a labor geography」を発表し、労働者が主体的に地理的現象を発現させるという視点を提唱しました。この論文は、労働の地理学の誕生を告げる重要な一歩となりました。

1990年代には、労働に関する経済地理学の著作が相次いで発表され、2004年にはノエル・カストリーによってテキストが編纂されました。労働の地理学は、経済地理学界に好意的に受け入れられ、多くの研究が蓄積されてきました。2000年代以降は、労働者の「移動」という主体性に着目した移民の研究や、途上国を舞台にした研究も盛んに行われるようになっています。

研究テーマ

労働の地理学は、以下のような多様なテーマを扱っています。

労働組合と労働運動: 労働組合の対立による職域の再編成や、欧州労使協議会のような制度による労働者の国際連帯の可能性などを研究します。
地域労働市場: 地域ごとの労働市場の違いや、その多様性がどのように生じるかを分析します。
移民: 移民が労働市場に与える影響や、移民自身の経験などを研究します。
途上国: 途上国における労働問題や、グローバルな労働市場との関連性を研究します。
その他: 個別の職場や労使関係を、国の政策や多国籍企業の動向などの様々な視点から分析します。

著名な研究者

この分野の代表的な研究者として、以下の人物が挙げられます。

ジェイミー・ペック
アンドリュー・ヘロッド
ノエル・カストリー

参考文献

富樫幸一「日本の[労働市場]]の変貌と地域経済 : 労働と地域の地理学]」『経済[[地理学年報』第48巻第4号、2002年、291-308頁
中澤高志「子育て期の女性に対する就業支援としてのNPOによる在宅就業の推進-労働の地理学の視点から-」『地域経済学研究』第18巻第0号、2008年、8-22頁
中澤高志「「労働の地理学」の成立とその展開」『地理学評論 Series A』第83巻第1号、2010年、80-103頁
中澤高志「再生産の困難性，再生産と主体性」『経済地理学年報』第65巻第4号、2019年、312-337頁

関連分野

労働の地理学は、以下の分野と関連しています。

柔軟な専門化
新産業空間論
* ラディカル[[地理学]]

労働の地理学は、労働者の視点から経済活動を捉え直すことで、社会のあり方を深く理解するための重要な視点を提供しています。

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