北添佶摩

北添 佶磨

江戸時代末期、幕末の激動期に活動した尊皇攘夷派の志士、北添佶磨（きたぞえ きつま）は、土佐藩出身として知られる人物です。天保4年（1833年）に生を受け、元治元年（1864年）に32歳の若さでその生涯を終えました。本名は正佶（まさただ）、幼名を源五郎といい、通称は佶麿（よしまろ）と呼ばれました。活動の際には、本山七郎という変名も使用しています。特に、後世の創作によって池田屋事件における「階段落ち」という有名なエピソードと結び付けられて語られることの多い人物です。

生い立ちと庄屋としての経歴

北添佶磨は、土佐国高岡郡岩目地村で庄屋を務めていた北添与五郎の五男として生まれました。彼の兄には、同じく尊皇攘夷派の活動家として知られる西田可蔵がいます。若い頃から家業に携わり、17歳で父の後を継いで庄屋職に就任。さらに19歳になる頃には、地域の高北九ヶ村を管轄する大庄屋という重責を担うまでになりました。地域のリーダーとしての地位を確立する一方で、彼は当時の政治情勢にも強い関心を抱いていました。

土佐勤王党への参加と京都・江戸での活動

文久元年（1861年）、北添は土佐藩における尊皇攘夷運動の中心的存在であり、同じ村出身の武市瑞山（たけち ずいざん）が率いる政治結社、土佐勤王党に参加します。これを機に、彼の活動は単なる地方の庄屋の枠を超え、全国規模の政治運動へと広がっていきました。

後に妻と離別した北添は、病気の療養と称して有馬温泉へ向かう途中で京都に入り、そのまま京都を活動拠点としました。京都では、全国各地から集まる様々な思想を持つ志士たちと積極的に交流し、情報収集や連携を深めます。さらに、本山七郎と名を変えて江戸へ渡り、当時の著名な儒学者である大橋正寿の門を叩き、同志たちと共に思想や知識を磨きました。

文久3年（1863年）には、同志である安岡直行（やすおか まっすぐ）、能勢達太郎（のせ たつたろう）、小松小太郎（こまつ こたろう）らと共に、東北地方や北海道（蝦夷地）を含む広範囲を精力的に周遊しました。この旅を通じて、彼は蝦夷地の地理や状況を詳しく把握し、ある壮大な計画を発想します。それは、京都に溢れる多数の浪士たちを未開の地である蝦夷地へ移住させ、当時南下政策を強めていたロシアへの備えとして屯田兵のように配置するという構想でした。この計画が実現すれば、京都の不安定な治安を改善しつつ、同時に北方辺境の防衛力も強化できると考えたのです。この蝦夷地への移民・開拓計画には、後に薩長同盟を仲介する坂本龍馬も深く関与していたとされており、龍馬は実際に幕府の高官であった大久保一翁（おおくぼ いちおう）らに働きかけを行うなど、計画の実現に向けて奔走しています。

脱藩と池田屋事件での最期

周遊を経て京都に戻った後、雙樹院如雲（そうじゅいん にょくうん）という人物が殺害される事件が発生しましたが、これを契機として、北添は土佐藩からの帰国命令に応じず、藩を脱退するという道を選んだとされています。この脱藩以降、彼は主に本山七郎という偽名を用いるようになりました。脱藩後、北添は神戸に設立された海軍操練所にも身を置きましたが、塾頭を務めていた坂本龍馬からは、過激な尊皇攘夷派の同志たちとの交流を断つようにという忠告を受けました。しかし、北添は龍馬の助言を聞き入れず、同じ土佐出身の志士である望月亀弥太（もちづき かめやた）らと共に再び京都で活動を開始し、朝廷の公卿たちとの会合を重ねるなど、尊皇攘夷運動の推進に尽力しました。

こうした活動を続ける中、北添佶磨は元治元年（1864年）6月5日に京都で起きた尊皇攘夷派志士に対する大規模な取締り事件、すなわち池田屋事件に遭遇し、その混乱の中で命を落としました。長らくの間、彼は新選組の隊士によって斬殺されたものと考えられてきました。しかし、近年になって進んだ歴史研究により、池田屋事件において北添佶磨が敵に捕らえられる前に自らの命を絶った、すなわち自刃して果てたことが明らかになっています。享年32歳でした。

後世への影響とフィクション

北添佶磨の功績は後世になって評価され、明治24年（1891年）には朝廷より従四位の位階を贈られました。また、彼はフィクションの世界、特に子母澤寛（しもざわ かん）の時代小説『新選組始末記』によって広く知られることになります。この作品では、池田屋事件の際、新選組局長である近藤勇（こんどう いさみ）に斬りつけられ、二階の階段から壮絶に転げ落ちるという、通称「階段落ち」のシーンが克明に描かれています。この強烈な印象を与える場面は、後の創作にも影響を与え、劇作家つかこうへいの代表的な戯曲『蒲田行進曲』においても重要な物語の要素として取り入れられています。しかし、前述の通り、池田屋事件における北添の最期が近年の研究で自刃であったことが判明したため、『新選組始末記』における「階段落ち」の描写は、史実ではなく子母澤寛による創作であると現在では考えられています。

北添佶磨は、幕末を題材とした様々な作品に登場します。主な関連作品としては、漫画『お〜い!竜馬』、小説『新選組始末記』や伊東潤（いとう じゅん）による『池田屋乱刃』、映画『蒲田行進曲』などが挙げられます。これらの作品を通じて、彼の名は現代にも伝えられています。

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