北越学館事件

北越学館事件（ほくえつがっかんじけん）は、明治時代中期の1888年（明治21年）に、現在の新潟県新潟市にあった私塾、北越学館内で発生した重要な内部紛争です。学館紛争とも称されるこの事件は、新任の教頭であった内村鑑三と、学館の設立に尽力した発起人グループの中心人物である成瀬仁蔵らの間に起こりました。

事件の経緯

事件の発端は、内村鑑三が北越学館の教頭に招聘されたことにあります。内村がアメリカの大学に留学中だった1888年頃、アメリカン・ボードの宣教師であるドリマス・スカッダーを通じて学館からの招きの話がありましたが、当初内村はこれを辞退しました。同年5月、神学校を退学して帰国した内村に、再び北越学館から声がかかります。今回は新島襄を介したもので、内村は6月6日に正式に赴任を受諾。クリスチャンで衆議院議員でもあった館主、加藤勝弥との間で契約が締結されました。

9月10日、内村は仮教頭として新潟の北越学館に赴任します。赴任後、内村は百数十名の生徒に対し、旧約聖書のエレミヤ書を週4回のペースで講義しました。また、毎週土曜日には一般向けの公開講演会を開催するなど、精力的な活動を展開しました。その活動の中には、日蓮宗の僧侶を招いて講演会を企画するなど、当時の外国人宣教師たちの間で反発を招くような試みも含まれていました。

対立の発生と激化

赴任から約一ヶ月後、内村は学館の発起人たちに向けて「意見書」を提出します。この意見書で彼は、北越学館で行われている外国人宣教師による無報酬での教育が、アメリカン・ボードからの経済的援助に依存している状態であり、これは北越学館が目指すべき独立の精神に反する、と厳しく指摘しました。この内村の見解に対し、学館内の外国人宣教師たちは内村の指揮下で働くことを拒否し、辞職の意向を表明しました。

内村は強い愛国心と独立自尊の精神を持っており、学校運営に関する問題や教育方針を巡って、外国人宣教師や発起人である牧師の成瀬仁蔵らと激しく対立しました。内村は自身の信念に基づいた行動を貫いたため、彼と宣教師たちの間の対立はエスカレートし、学館全体を巻き込む紛争へと発展していきました。

紛争の拡大と結末

この紛争は、学館の生徒たちにも波及しました。生徒たちは内村を支持し、「北越学館の独立を計らんための結合」を誓う誓約書を作成。学館生徒全体の約3分の2にあたる136名がこれに署名しました。一方、阿部欽次郎、加藤勝弥、成瀬仁蔵といった発起人たちは、この生徒の動きを内村による扇動行為と見なしました。彼らは内村の提出した「意見書」について協議を行い、外国人宣教師からの援助を断ち切る必要はないとの結論を下しました。

この両者の対立を収拾するため、新島襄は横井時雄を新潟に派遣し、調停を試みましたが、効果は見られませんでした。特に成瀬仁蔵は内村と激しく対立し、自らも「意見書」を著して、内村の不適切とされる点を五項目にわたって詳細に列挙するなど、徹底した反論を行いました。

結局、内村は同年12月に北越学館を辞任し、東京へと向かいました。彼の後任には、後に内村と共に「キリスト教界の四村」と称される松村介石が赴任することになります。この事件に関連して、棚橋一郎や志賀重昂といった国粋主義者たちが関わっていた雑誌『日本人』が、内村鑑三を擁護する論陣を張ったことも特筆されます。

事件後

北越学館を去った後、内村は一番町教会での説教活動や、水産伝習所（東京海洋大学の前身の一つ）、明治女学校、東京英和学校などで教鞭をとりました。その後、第一高等中学校の嘱託教員となりますが、そこで有名な不敬事件を引き起こし、社会的な大きな話題を呼ぶことになります。1891年（明治24年）の不敬事件発生時には、雑誌『国会』が北越学館における内村の行動を「国粋主義的」と捉え引用し、彼が勤皇心を持つ人物であると論じる文章を掲載しました。

内村自身は、事件から17年後の1905年（明治38年）に新潟で行った講演で、北越学館を離れた日のことを回顧しています。その中で彼は、「12月18日霙乱るる寒風」の中、東京へ逃げ帰ったような心情であったことを語っています。この回顧は、内村にとって北越学館事件が深く心に残る出来事であったことを示唆しています。

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