十四世 細辻伊兵衛

十四世 細辻伊兵衛

1964年8月31日生まれの十四世 細辻伊兵衛は、約400年の歴史を持つ日本最古の綿布商「永楽屋」の第十四代当主です。伝統を受け継ぐ一方で、テヌグラファーとしても独自の活動を展開し、手ぬぐいを単なる布製品としてだけでなく、芸術作品へと昇華させています。また、一般財団法人細辻伊兵衛美術館館長や一般社団法人日本バレエ・リュス＆バレエ・スエドワ協会の代表理事など、幅広い分野で要職を務め、文化振興や地域社会への貢献にも力を注いでいます。

滋賀県彦根市で生まれた細辻氏は、滋賀県立彦根工業高等学校時代には卓球部に所属し、その実力はインターハイや全日本ジュニア選手権に出場するほどでした。高校卒業後はトヨタ自動車に進み、ここでも卓球部の一員として活躍しました。その後、「Yin & Yang」ブランドのプレステージショップ店長を経て独立という経歴をたどっています。

転機が訪れたのは1992年。永楽屋の十二代目当主の長女と結婚し、婿養子として細辻家に入りました。当時の永楽屋は債務超過に陥り、経営の柱となる明確な事業がないという厳しい状況にありました。この難局を打開するため、彼は社内に眠っていた資料に目を向けます。明治から昭和初期にかけて、永楽屋の社内手ぬぐい事業部「百いろ会」が年間約100柄もの手ぬぐいを製作していた記録や、その当時の手ぬぐいの束を見つけたのです。

時を超えても色褪せない、その芸術的なデザインや高い品質に心を打たれた細辻氏は、この手ぬぐい事業の復刻こそが永楽屋再生の鍵となると確信します。復刻にあたっては、単なる過去の再現に留まらず、現代の技術と感性を取り入れました。オリジナルの生地開発や、伝統的ながらも高品質で安定した染色技術の研究に没頭し、モノづくりの基盤を再構築しました。そして、2000年には永楽屋として史上初となる小売店舗の出店を皮切りに、積極的な店舗展開を開始。一時は最大20店舗を展開するまでに事業を拡大させました。これにより、製造から販売までを一貫して手掛ける「京の老舗型SPA（製造小売業）」という独自のビジネスモデルを確立し、永楽屋は見事に経営危機を脱しました。2024年1月現在では、京都に6店舗を構え、その伝統と革新の精神を発信し続けています。

細辻氏の活動は、永楽屋の経営再建だけに留まりません。彼は手ぬぐいを平面のキャンバスに見立て、様々なアート作品を制作する「テヌグラファー」としても知られています。永楽屋創業400年を契機として開始した個展「14世 細辻伊兵衛てぬぐいアート展」は、より多くの人々に手ぬぐいの多様な魅力と可能性を伝えるための重要な活動です。この個展では、12メートルを超える長尺の手ぬぐいに壮大な絵柄を描いた作品や、京町家の屋根瓦「甍」を再現したインスタレーション、総延長約1300メートルにも及ぶ桜柄のガーゼ手ぬぐいを空間全体に展示した作品など、スケール感と独創性に富んだ作品を発表してきました。特に京都髙島屋での展示は恒例となっており、祇園祭をテーマにした作品が多く、手ぬぐいを用いた金屏風や、金工を施した作品なども披露しています。また、具体美術協会の森内敬子氏のような現代アーティストとのコラボレーションにも意欲的に取り組み、手ぬぐいの表現領域を広げています。

永楽屋での事業とテヌグラファーとしての創作活動に加え、細辻氏は多岐にわたる社会貢献活動にも従事しています。自身の名を冠した美術館の館長として文化財の保存・公開に携わるほか、近年は一般社団法人日本バレエ・リュス＆バレエ・スエドワ協会の初代代表理事に就任するなど、国内外の芸術文化支援にも積極的です。さらに、地元の四条繁栄会商店街振興組合の理事や、智恵光院、袋中庵の檀家総代を務めるなど、地域社会の活性化や伝統文化の継承にも深く関わっています。京都観光おもてなし大使や、京都伝統産業青年会の元会長としての活動も、彼の京都の伝統産業や観光に対する深い愛着と貢献意欲を示しています。

十四世 細辻伊兵衛は、伝統的な老舗の当主という立場でありながら、既存の枠にとらわれない革新的なアイデアと行動力で事業を再興させました。そして、手ぬぐいを単なる日用品からアートへと高め、国内外にその魅力を発信し続けています。経営者、テヌグラファー、そして文化・社会活動家として、彼は京都が誇る伝統と現代を結ぶ架け橋として、今後も重要な役割を果たしていくことでしょう。

もう一度検索