十市皇女

十市皇女：壬申の乱を生き抜いた皇女の生涯と謎

十市皇女は、天武天皇と額田王の間に生まれた第一皇女です。歴史の表舞台に立つことは少なかった彼女ですが、波乱の時代を生きた魅力的な女性像として、現代においても多くの関心を集めています。

壬申の乱以前：複雑な立場

十市皇女は、天智天皇の皇子である大友皇子（後の弘文天皇）と結婚し、葛野王をもうけました。しかし、天武天皇元年（672年）、父と夫が敵対する壬申の乱が勃発します。歴史書には、十市皇女が父である大海人皇子（後の天武天皇）に情報を提供したという記述がありますが、その信憑性については議論があります。例えば『宇治拾遺物語』にある「鮒の包み焼きに密書を隠した」という話は、後世の創作の可能性が高いとされています。

壬申の乱以後：静かなる影

乱後、十市皇女は天武天皇のもとに身を寄せたと考えられています。しかし、敗れた近江側の皇后という立場、そして天皇の皇女という立場の間で、彼女は苦悩の毎日を送ったことでしょう。彼女の動静に関する記録は断片的ですが、天武天皇4年（675年）には阿閇皇女とともに伊勢神宮に参詣したことが分かっています。その目的については、戦勝報告、献上品の奉納、皇太子の交代報告など、諸説があります。また、『万葉集』には、この際の侍女による十市皇女を称える歌が収録されています。

不審な死と様々な憶測

天武天皇7年（678年）4月7日、十市皇女は急死します。日本書紀には「卒然に病発して薨じた」と記されていますが、30歳前後の若さで亡くなったこと、その死の状況の不明瞭さから、自殺説や暗殺説もささやかれています。彼女の死を悼んで、高市皇子が熱烈な挽歌を詠んでいます。このことから、高市皇子と十市皇女の間に特別な関係があったのではないかと推測する向きもあります。夫である大友皇子との不仲説、恋人関係説、さらには夫婦関係だったという説なども存在します。

謎多き埋葬地

日本書紀には、十市皇女は赤穂に葬られたと記されていますが、「赤穂」の正確な場所については諸説あり、現在も定説はありません。有力な説としては、奈良市高畑町にある鏡神社の比売塚、奈良県北葛城郡広陵町の赤部にある「赤穂墓」、そして檜隈地方など、いくつかの場所が候補として挙げられています。

十市皇女を祀る神社と伝承

十市皇女の墓と伝えられる比売塚には比売神社が建立され、縁結びの神として信仰を集めています。他にも、千葉県や高知県など各地に、十市皇女を祀る神社や、彼女にまつわる伝承が残されています。これらの伝承は、皇女の生涯にまつわる様々な解釈や想像力を反映していると言えるでしょう。

万葉集に残る歌

『万葉集』には、十市皇女に関連する歌がいくつか収録されています。伊勢神宮参拝の際に侍女が詠んだ歌や、高市皇子が詠んだ挽歌などが知られています。特に高市皇子の挽歌には、十市皇女との関係を示唆する内容が含まれていると解釈する研究者も多く、歴史研究において重要な史料となっています。

作品における十市皇女像

十市皇女は、小説、漫画、舞台など、様々な作品に登場し、それぞれの作品で異なる解釈に基づいた個性的なキャラクターとして描かれています。これらの作品は、歴史的事実に基づきつつも、作者の想像力が加えられ、読者や観客に新たな視点や感動を与え続けています。彼女の人生は、歴史の狭間で生きた女性の一つの姿として、私たちの想像力を掻き立て、今もなお多くの人々の心を捉えています。 歴史の奥深さを感じさせる、興味深い存在と言えるでしょう。

もう一度検索