葛野王

葛野王（かどののおう/かどののおおきみ）

葛野王は、飛鳥時代の皇族で、弘文天皇（大友皇子）の第一皇子として生まれました。母は天武天皇の第一皇女である十市皇女です。また、後世の学者・文人として知られる淡海三船の祖父にあたります。官位は正四位上・式部卿。

生涯

持統朝において、葛野王は浄大肆（じょうだいし）・治部卿に叙任されました。持統天皇10年（696年）には、皇族の筆頭であった太政大臣・高市皇子が亡くなった後、皇太子の擁立を巡る議論が宮中で行われました。この時、多くの皇族や公卿がそれぞれの思惑から意見を述べ、議論は混乱しました。その中で、葛野王は前に進み出て、直系による皇位継承を主張しました。この背景には、藤原不比等の入れ知恵があったという説もあります。

葛野王の主張は、日本の皇位継承が神代から親子間で行われてきたこと、兄弟間での継承が争いの原因となることが多いことを指摘したものでした。彼は、天意を推し量ることは不可能であり、血筋や長幼の順で皇嗣は自然に決まるべきだと述べました。しかし、実際には兄弟間の皇位継承も多く存在しており、天武天皇の皇子である弓削皇子がその点を指摘しようとしたところ、葛野王は彼を一喝し、反論を封じました。

結果として、天武天皇の多くの子達は退けられ、前皇太子・草壁皇子の子で、持統天皇の孫にあたる軽皇子（後の文武天皇）が皇太子に定められました。この決定は、葛野王の意見が大きな影響を与えたとされ、持統天皇からもその功績を称えられました。文武天皇の時代には、正四位上・式部卿に叙任されています。慶雲2年（706年）12月20日、37歳で亡くなりました。

人物

葛野王は、器量が大きく、見識に秀でた人物でした。天智天皇と天武天皇の血筋を受け継ぎ、朝廷を支えるにふさわしい才能を持っていました。若い頃から学問を好み、経書や史書に広く通じていました。また、文章を作成することを好み、書画にも長けていました。

『懐風藻』には、彼の作品として以下の二首の漢詩が採録されています。

春日翫鶯梅

聊(いささ)か休暇の景に乗じ、苑に入りて青陽を望む

素梅は素靨(そえつ)を開き、嬌鶯は嬌声(きょうせい)を弄(ろう)す

此(こ)れに対して懐抱(かいほう)を開き、憂(うれい)を足(た)らし愁情(しゅうじょう)を暢(の)ぶ

老(おい)の将(まさ)に至るを知らず、但(ただ)春觴(しゅんしょう)を酌(く)むことを事とす

遊龍門山

駕(か)を命じて山水に遊び、長(とこし)えに冠冕(かんべん)の情(じょう)を忘る

安(いずく)んぞ王喬(おうきょう)の道を得て、鶴(つる)を控(ひ)き蓬瀛(ほうえい)に入らん

これらの詩からも、葛野王の豊かな感性と高い教養が伺えます。

系譜

父：弘文天皇（大友皇子）
母：十市皇女（天武天皇の第一皇女）
生母不詳の子女
男子：池辺王 - 淡海三船の父

脚注

葛野王は、皇位継承問題において重要な役割を果たしただけでなく、文化人としても優れた才能を発揮した人物でした。彼の残した漢詩は、当時の文化を伝える貴重な資料となっています。

参考文献

* 宝賀寿男『古代氏族系譜集成』古代氏族研究会、1986年

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