千谷道雄

千谷道雄：歌舞伎界の深淵を映し出した評論家

千谷道雄（1920年-2006年）は、20世紀を代表する歌舞伎評論家の一人です。名古屋市に生まれた千谷は、東京帝国大学国文科卒業後、兵役を経てソ連抑留を経験。帰国後は教職に就いた後、松竹、そして東宝と、歌舞伎界の中枢で活躍しました。

彼の名は、1959年に読売文学賞を受賞した『秀十郎夜話』によって広く知られるようになりました。この作品では、華やかな舞台裏に潜む厳しい現実、大部屋俳優たちの苦悩など、歌舞伎界の知られざる側面を克明に描き出し、大きな衝撃を与えました。派手な演出や人気役者の活躍だけでなく、舞台を支える人々の努力や苦労、歌舞伎界の複雑な人間関係、そしてその歴史的背景までもが、千谷の鋭い視点によって鮮やかに浮かび上がります。

千谷の文章は、単なる批評にとどまりません。歌舞伎という芸能の奥深さ、そしてそれを支える人々の生き様を深く理解し、読者に伝えることに情熱を注いでいました。それは、彼が長年歌舞伎界に身を置き、現場の空気感や人間関係を肌で感じてきたからこそ成し得たものと言えるでしょう。

さらに、千谷は三島由紀夫との交流も深く、『女方』で6代目中村歌右衛門を描いた際、主人公のモデルが自分であると述べています。このエピソードからも、千谷が歌舞伎界において、単なる傍観者ではなく、中心人物として活躍していたことがわかります。三島由紀夫という文豪との関係性も、彼の活動に独特の深みを与えていると言えるでしょう。

千谷道雄の著作は、歌舞伎という芸能を多角的に理解する上で貴重な資料となっています。『秀十郎夜話』以外にも、『裏方物語 舞台裏の人々』、『吉右衛門の回想』、『死の航跡』、『幸四郎三国志 菊田一夫との4000日』など、数多くの著作を発表し、歌舞伎界に多大な貢献を果たしました。これらの作品は、単なる記録ではなく、歌舞伎の歴史や文化、そして人々の生き様を伝える、貴重な文学作品としても高く評価されています。

彼の著作は、歌舞伎ファンのみならず、日本文化、演劇史に関心のある人々にとっても必読の書と言えるでしょう。千谷道雄という人物、そして彼の残した言葉は、現代においても、多くの人々に深い感動と示唆を与え続けています。

主な著作一覧

『秀十郎夜話 初代吉右衛門の黒衣』(文藝春秋新社、1958年) - 読売文学賞受賞作品
『裏方物語 舞台裏の人々』(早川書房、1964年)
『吉右衛門の回想』(木耳社、1967年)
『死の航跡』(北洋社、1977年)
『幸四郎三国志 菊田一夫との4000日』(文藝春秋、1981年)
『明治を彩る女たち お梅・お須磨・ぽん太・お鯉・妻吉』(文藝春秋、1985年)

参考文献

『文藝年鑑2007』
『幸四郎三国志』
中川右介『十一代目團十郎と六代目歌右衛門 悲劇の「神」と孤高の「女帝」』(幻冬舎新書、2009年)
長谷川泉; 武田勝彦 編『三島由紀夫事典』(明治書院、1976年)

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