南トゥーレ

南トゥーレ（Southern Thule）は、南大西洋に位置するサウスサンドウィッチ諸島の中で最も南に集まる三つの島の総称です。これらの島は、ベリングスハウゼン島、クック島、そして最南端のテューレ島から構成されています。行政区分としては、イギリスの海外領土であるサウスジョージア・サウスサンドウィッチ諸島の一部に属しています。

人里離れた厳しい自然環境にあるこれらの島々は、その戦略的な位置や領有を巡る歴史的経緯から、特に20世紀後半にはアルゼンチンとイギリスの間で領有権を巡る緊張の焦点となりました。

歴史

南トゥーレは、アルゼンチンによる実質的な領有権主張の試みが繰り返し行われた場所として歴史にその名を刻んでいます。

1950年代の一時的な拠点設置

アルゼンチンは、比較的早い時期からこの地域の探査や拠点設置に関心を示していました。1955年には、テューレ島のファーガソン湾付近にあるコルベタ・ウルグアイ半島に、「テニエンテ・エスキベル港」と名付けられた観測基地を設けました。しかし、この基地の運用は長期にわたりませんでした。翌年の1956年、隣接するクック島で大規模な火山噴火が発生し、その影響によって基地の維持が困難になったため、アルゼンチンの関係者はここからの撤退を余儀なくされました。この出来事は、南トゥーレにおけるアルゼンチンの最初の公式な拠点が、自然の力によって中断された形となりました。

1970年代後半の軍事基地建設

1950年代の撤退から約20年後の1976年 11月、アルゼンチンは再び南トゥーレでの存在感を強める行動に出ました。アルゼンチン空軍の部隊がテューレ島に秘密裏に上陸し、イギリス政府に事前に知らせることなく、島内に恒久的な拠点の建設に着手したのです。建設されたのは、兵舎やヘリポートなどを備えた小規模ながら実質的な軍事基地でした。さらに、気象観測所や無線通信局も設置され、アルゼンチンの国旗が掲げられました。この基地は「コルベタ・ウルグアイ」と命名され、アルゼンチンによる明確な領有権主張の意思表示となりました。

イギリスの発見と領土問題の表面化

アルゼンチンによる秘密の基地建設は、1976年 12月にイギリス側によって確認されました。この発見は、かねてから存在していた両国間のサウスサンドウィッチ諸島の領有権問題を一気に緊迫化させました。1977年 1月19日には、アルゼンチン政府が南トゥーレを含む諸島の領有権を公式に主張し、イギリスに対し明確な対立姿勢を示しました。事態を重く見たイギリス政府は、当時の首相ジェームズ・キャラハンの指示により、軍事的な対応を含めた断固たる姿勢を示すことを決定します。1977年 11月、イギリス海軍は「ジャーニーマン作戦」と呼ばれるタスクフォースを編成し、南トゥーレ方面へ派遣しました。これは、アルゼンチンの占拠を牽制し、イギリスの領有権を物理的に示威する目的がありました。

外交交渉と緊張の継続

イギリス海軍の派遣に対し、アルゼンチンは1978年になってもテューレ島の基地の存在を正当化しようと試みましたが、国際的にその主張は認められませんでした。この間、両国間では外交的な交渉が続けられましたが、進展は見られませんでした。イギリス政府は、軍事的な衝突を避けるため、外交的解決の可能性を重視する姿勢も示しました。結果として、1978年中に、ジェームズ・キャラハン首相は南トゥーレへ派遣されていた海軍タスクフォースの撤収を決めました。これは外交的な解決への期待を込めた判断でしたが、アルゼンチンはテューレ島の基地を維持し続け、実効支配の状態が続きました。

フォークランド紛争と占領の終結

南トゥーレを巡る状況は、1982年のフォークランド紛争へと繋がる地域の不安定さの一部となりました。フォークランド諸島へのアルゼンチン侵攻後、イギリスは紛争に勝利し、フォークランド諸島やサウスジョージア島などを奪還しました。フォークランド紛争がアルゼンチンの降伏によって終結した1982年6月14日からわずか6日後の6月20日、南トゥーレに駐留していたアルゼンチン軍の部隊は、イギリス軍に対して降伏しました。これにより、1976年から続いていた南トゥーレ、特にテューレ島におけるアルゼンチンによる占領は完全に終了しました。島々は再びイギリスの実効支配下に戻され、長きにわたる領有権を巡る緊張は一応の幕を閉じました。

地理と現在の状況

南トゥーレを構成する三つの島は、いずれも火山性の島であり、荒涼とした風景と厳しい極地の気候が特徴です。特にテューレ島とクック島の間にはダグラス海峡が位置しています。これらの島々は現在も無人であり、その孤立した環境は、特定の野生生物の生息地となっています。

現在、南トゥーレはイギリス領サウスジョージア・サウスサンドウィッチ諸島の一部として管理されています。かつてアルゼンチンが建設した「コルベタ・ウルグアイ」基地の遺構は今も島に残されており、過去の領有権争いの歴史を静かに物語っています。これらの島々へのアクセスは非常に困難であり、一般人が訪れる機会はほとんどありません。主に科学調査や探検といった限られた目的でのみ訪れることが可能な、地球上で最も孤立した場所の一つです。

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