印欧語族における母音の原始的体系に関する覚え書き

フェルディナン・ド・ソシュールと印欧祖語の母音体系

フェルディナン・ド・ソシュールは、言語学史に多大な貢献を残した人物として知られています。特に、構造言語学の創始者としての功績は有名ですが、若き日のソシュールは活発な印欧語比較言語学の研究者でもありました。彼の初期の研究成果として、2つの重要な論文があります。1つは1879年に発表された「印欧語族における母音の原始的体系に関する覚え書」、もう1つは1877年に発表された「印欧語の様々なaの区別に関する試論」です。これらの論文は、当時としては非常に革新的でありながら、発表当初はほとんど注目を集めることはありませんでした。しかし、後の研究の発展によって、その先見性と重要性が再評価されることになります。

「印欧語族における母音の原始的体系に関する覚え書」

「覚え書」では、ソシュールは印欧祖語の母音体系を再構成しようと試みました。彼は、印欧祖語の長母音が、短母音に何らかの「ソナント的な付加音」が付加されることで生じたと仮定しました。これは、当時の言語学界の常識を覆す大胆な仮説でした。ソシュールは、この仮説に基づいて、印欧祖語の母音体系を統一的に説明するモデルを提案しました。このモデルは、後のヒッタイト語の研究によって裏付けられることとなり、印欧語研究の歴史において極めて重要な貢献を果たしました。しかし、発表当時は、当時の学界の主流であった青年文法学派からの反発を受け、十分に評価されることはありませんでした。

「印欧語の様々なaの区別に関する試論」

「試論」では、ソシュールは印欧祖語における母音aの多様性に着目しました。彼は、従来単一のものとされていたaを、複数の異なる母音に区別する必要があると主張しました。具体的には、aに加えて、e、o、əといった母音を区別し、それらの母音間の交替関係についても考察しました。この論文もまた、当時としては画期的な内容でしたが、「覚え書」と同様に、十分な評価を得るには至りませんでした。

ソシュールの理論と後の研究

ソシュールの論文は、発表当時はほとんど注目されませんでしたが、後にヒッタイト語の解読が進展すると、その重要性が改めて認識されるようになりました。特に、「覚え書」で提案された「ソナント的な付加音」という概念は、後の喉音理論につながる重要な概念となりました。ヒッタイト語の解読によって、ソシュールが仮定した「ソナント的な付加音」に相当する音が実際に存在することが確認され、彼の理論は広く受け入れられるようになりました。

ソシュールの研究は、初期の段階では学界から冷遇されました。その背景には、ソシュールが青年文法学派と対立していたことや、彼の論文が難解であったことなどが考えられます。しかし、彼の理論の正当性は、後の研究によって証明され、現在では印欧語研究において極めて重要な業績として高く評価されています。

ソシュールの業績の評価

ソシュールの印欧語研究は、彼の構造言語学における功績に隠れてしまう傾向がありますが、印欧語研究史において極めて重要な役割を果たしました。彼の大胆な仮説と緻密な分析は、後の研究者たちに大きな影響を与え、印欧語比較言語学の発展に貢献しました。彼の業績は、単なる言語学の研究にとどまらず、学問における先見性と、地道な研究の積み重ねの重要性を示す好例と言えるでしょう。彼の研究は、現代の言語学研究においても、その重要性が認識され続けています。

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