即興円舞曲

即興円舞曲 S.213

即興円舞曲（仏：Valse-Impromptu）変イ長調、作品番号S.213は、ハンガリー出身の作曲家フランツ・リスト（Franz Liszt, 1811-1886）が作曲したピアノのための楽曲です。

作品概要と作曲年代

この作品は、リストの多岐にわたるピアノ曲の中でも、比較的知られる機会の少ない部類に入ります。しかし、その内にはリストならではの創意と魅力が詰まっています。

作曲された正確な時期については、残念ながら明確な記録が残されていません。一般的には、作品が出版された1852年までの、おそらくは1842年頃からの10年ほどの間に書かれたものと推測されています。リストがヴィルトゥオーソとしての演奏活動を精力的に行っていた時期と、彼がヴァイマルでの宮廷楽長としての活動に移行しつつあった時期にまたがっていると考えられます。

楽曲の特徴

『即興円舞曲』というタイトルが示す通り、形式ばった構成というよりは、その場のひらめきやインスピレーションから生まれたような自由な雰囲気を持ちつつ、同時に優雅なワルツのリズムに乗って展開されます。

楽曲は変イ長調で書かれており、全体として明るく温かみのある響きを持っています。特筆すべきはその「温かな情感」と「洗練された優美な曲想」です。メロディーラインは歌謡的でありながら、サロン風の洗練された装いを帯びています。リスト特有の華麗なパッセージや技巧的な要素も含まれていますが、それらは自己顕示のためというよりは、楽曲の持つ詩的な世界観を表現するために巧みに織り込まれています。

また、全体として約5分程度の演奏時間という短いながらも、「巧みな構成」により聴き手を飽きさせません。主題の提示から発展、中間部のエピソード、再現、そしてコーダへと、限られた時間の中で音楽的な起伏が効果的に配置されています。

演奏と評価

リストの作品としては必ずしも主流とは言えませんが、一部の卓越した技巧を持つピアニストたちからは高く評価され、しばしば演奏のレパートリーに加えられてきました。特に、ジョルジュ・シフラ（György Cziffra）、ホルヘ・ボレット（Jorge Bolet）、アレクシス・ワイセンベルク（Alexis Weissenberg）といった、技巧と表現力を兼ね備えたヴィルトゥオーソたちがこの曲を得意とし、彼らの演奏を通じて作品の魅力が再認識されることもありました。彼らにとって、この『即興円舞曲』は単なる小品ではなく、自らの音楽性と技術を示すための重要なピースであったと言えるでしょう。

改訂稿の存在

オリジナルのS.213とは別に、リストが晩年の1880年頃にこの作品を改訂した楽譜（作品番号 S213a）が存在します。この改訂稿は、原曲よりもいくらか拡張されており、演奏時間も約7分程度と長くなっています。近年、レスリー・ハワード（Leslie Howard）によるリスト作品全集の録音などを通じて、この改訂稿の存在が広く知られるようになりました。初期稿と後期稿を比較することで、リストの作曲技法や音楽観がどのように変化していったのかを知る興味深い例ともなっています。

後世への影響

リストの『即興円舞曲』は、そのタイトルと形式が後世の作曲家にも影響を与えました。リストに触発される形で、以下のような作曲家たちも同じく『即興円舞曲』と題した作品を書いています。

ミリイ・バラキレフ（Mily Balakirev, 1837-1910）
ガブリエル・フォーレ（Gabriel Fauré, 1845-1924）
セルゲイ・リャプノフ（Sergei Lyapunov, 1859-1924）
マックス・レーガー（Max Reger, 1873-1916）

これらの作品は、リストのオリジナルの精神を受け継ぎつつも、それぞれの作曲家独自の音楽語法で書かれており、聴き比べも興味深いでしょう。

全体として、リストの『即興円舞曲』S.213は、その知名度からは想像できないほど、温かい情感と技術的な洗練が融合した魅力的な作品であり、リストのピアノ音楽を深く知る上で見逃せない佳品です。

楽譜は国際楽譜ライブラリープロジェクト（IMSLP）などで公開されており、容易に入手することができます。

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