原子力明るい未来のエネルギー

原子力明るい未来のエネルギー（げんしりょくあかるいみらいのエネルギー）は、かつて福島県双葉町の商店街にかかる形で設置されていた看板に記されていた標語です。この標語は、2011年の東日本大震災に伴う福島第一原子力発電所事故以降、原子力に対する安全神話の崩壊や、原子力に依存してきた地域の歴史を示す「負の遺産」を象徴する存在として、全国的に広く知られるようになりました。

起源と設置の経緯

東京電力福島第一原子力発電所は、双葉町と隣接する大熊町にまたがって立地しています。双葉町では、原子力発電所の増設を後押しする気運を高めるため、1987年に町民から原子力に関する標語を公募しました。これに応募した町出身の当時小学校6年生だった大沼勇治氏が、学校の宿題として考案したのがこの「原子力明るい未来のエネルギー」でした。当時の大沼氏は、原発による町の発展に大きな期待を抱き、「ビルが建ち並び、新幹線も通る」といった希望に胸を膨らませていたといいます。

町は、公募で採用された複数の標語を町の中心部に看板として設置することを決定しました。1988年に商店街前に最初の広報塔が完成した際、掲げられたのは最優秀賞の標語2点でした。しかし、1991年に町役場前に二つ目の広報塔が設置されたのに伴い標語の入れ替えが行われ、優秀賞であった「原子力明るい未来のエネルギー」が商店街前に掲げられることになりました。この看板は、原発と共に歩んできた双葉町の象徴として、特に国道6号からも見えるその姿は、原子力推進のシンボル的な風景となりました。

震災と事故、そして「負の遺産」へ

2011年3月11日、東北地方太平洋沖地震が発生し、福島第一原子力発電所事故という未曽有の事態が起こります。原発事故によって周辺地域は立ち入りが厳しく制限される帰還困難区域となり、「原子力明るい未来のエネルギー」の看板も、人が住まなくなった町に取り残されました。かつて希望を謳っていた標語が、無人となった町に掲げられ続ける姿は、新聞やテレビなどのメディアで繰り返し報じられ、原子力開発の光と影、そして事故が生み出した現実を象徴する存在として、多くの人々に衝撃を与えました。それは、まさに皮肉にも「安全神話」崩壊の証として捉えられるようになったのです。

撤去、保存、そして伝承館での展示

事故から年月が経過し、町は看板の老朽化が進み危険であるとして、2015年にその撤去を決めます。しかし、標語の考案者である大沼勇治氏は、原発事故の教訓を後世に伝えるために、この看板を「負の遺産」として現場に残すべきだと主張し、保存を求める要望書や署名を町に提出しました。こうした議論がある中、双葉町は2015年末から2016年初頭にかけて看板の撤去作業を実施。町役場前の看板は切断されて保管され、商店街前の看板も切断されずに町役場敷地内へ移されました。看板の文字パネル部分は、2016年10月に「ふくしま震災遺産保全プロジェクト」の一環として福島県立博物館に移管されました。

その後、双葉町に東日本大震災・原子力災害伝承館が開館すると、町は原発PR看板の実物展示を要望。当初、県はその大きさを理由に写真展示に留めていましたが、方針を転換し、2020年には伝承館のテラス部分に看板を再設置することを決定しました。2021年3月24日には、腐食した台座部分を新調した上で看板の展示が開始されました。しかし、屋外展示による劣化を防ぐため、同年8月には実物からレプリカに置き換えられ、実物は建物内で保管されることとなりました。

現在の状況

看板がかつて設置されていた双葉駅周辺は、長らく帰還困難区域に指定され立ち入りができませんでした。しかし、2022年8月30日にその一部区域の避難指示が解除され、一般の人々も再び、かつて看板があった場所へ立ち入ることが可能になりました。

その他の原発標語

1987年の公募では、「原子力明るい未来のエネルギー」以外にも、以下の標語が入賞しています。
原子力郷土の発展豊かな未来（最優秀賞）
原子力夢と希望のまちづくり（最優秀賞）
原子力豊かな社会とまちづくり（優秀賞）
原子力正しい理解で豊かなくらし（優秀賞）

この標語が登場する主な作品

「原子力明るい未来のエネルギー」の看板は、原発事故や双葉町を描いた様々な作品にも登場し、その象徴性が表現されています。
映画：『がんばっぺフラガール』、『あいときぼうのまち』、『Ryuichi Sakamoto: CODA』、『Fukushima 50』など
書籍：事故や原子力問題を扱ったノンフィクションや小説など多数
* 美術作品：太湯雅晴氏の同名作品など

この標語は、原子力に対するかつての期待と、原子力事故がもたらした厳しい現実との間の隔たりを、静かに物語り続けています。

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