原核生物の細胞骨格

原核生物の細胞骨格とは、原核生物に存在する繊維性の生体構造を指します。かつては原核生物には細胞骨格はないと考えられていましたが、近年の細胞内微細構造の視覚化技術や構造決定技法の進展によって、その存在が明らかになってきました。さらに、真核生物に存在する主要な細胞骨格タンパク質のすべてについて、それらに対応するものが原核生物でも発見されています。細胞骨格は様々な原核生物において、細胞分裂、防御、形態や細胞極性の決定において主要な役割を果たしています。

主要な構成要素

FtsZ

FtsZ は最初に同定された原核生物の細胞骨格の構成要素であり、細胞分裂時に分裂部位に形成されるZリングを構成します。これは真核生物のアクチン・ミオシン収縮環に類似しています。Zリングは非常に動的な構造であり、伸張・収縮する原繊維の束です。FtsZ は細胞骨格であると同時に組織化タンパク質としても機能しており、細胞分裂に不可欠です。FtsZ は細胞分裂時に最初に隔壁を構成しはじめるタンパク質であり、他の既知の細胞分裂関連タンパク質を同所に集める働きを持ちます。

FtsZ の機能はアクチンと近いですが、FtsZ は真核生物におけるチューブリンのホモログです。一次構造を比べてみると関係性は弱いですが、立体構造は非常に類似しています。さらにチューブリンと同様、FtsZ の単量体は、GTP の存在下で GTP を加水分解して他の FtsZ と重合します。FtsZ はバクテリアの細胞分裂に必須であることから、新しい抗生物質開発のターゲットとなっています。

細胞内共生による細胞小器官の獲得に伴い、FtsZ 自体も真核生物のゲノムに含まれています。葉緑体型 FtsZ は植物の細胞核ゲノムにコードされており、原核生物の場合と同様に葉緑体の分裂リングの形成を担います。またミトコンドリア型 FtsZ も一部の藻類で報告されています。

MreB

MreB は真核生物におけるアクチンのアナログだと考えられている、原核生物のタンパク質です。MreB とアクチンとの一次構造の類似性は低いですが、立体構造および重合して線維を形成するという機能はきわめて類似しています。

球菌でない原核生物のほとんどすべてが、細胞の形態決定を MreB に依っています。MreB は細胞膜の直下に、細胞の全長に及ぶ繊維構造からなる螺旋状のネットワークを形成します。MreB はペプチドグリカン合成酵素の局在および活性に影響を与える作用と、細胞膜直下で強固な線維構造を形成して細胞の形状を支持する外向きの力を与える機能により、細胞の形態を決定しています。MreB は細胞分裂の前に通常の螺旋状ネットワークの形態から凝縮し、分裂面の隔壁に強固な環を形成します。MreB はまた細胞極性のあるバクテリアにおいて、極性決定にも重要な働きをしています。

クレセンチン

クレセンチンは、真核生物の中間径フィラメントのアナログです。他のタンパク質とは異なり、クレセンチンは中間径フィラメントとの配列類似性が高く、さらに立体構造も類似しています。クレセンチン繊維はおよそ直径 10nm であり、これは真核生物の中間径フィラメントの直径範囲（8-15nm）に収まります。クレセンチンは原核細胞の長軸方向に端から端までの連続した繊維の形態をとり、三日月形のバクテリアでは屈曲の内側に位置しています。MreB とクレセンチンはいずれも、特徴的な形態を保つ上で必要です。MreB は細胞の桿形を作り出し、クレセンチンはその形を曲げて三日月型にしていると考えられています。

ParM と SopA

ParM は細胞骨格の要素であり、構造的にはアクチンに類似しているものの、機能面ではむしろチューブリンに似ています。ParM は両方向に重合し、また動的不安定の性質を示します。ParM はプラスミドの分配に関わるシステムを構成しており、プラスミドが分離される仕組みは真核生物の染色体分離に相当します。

Fプラスミドの分離においても類似のシステムが存在しており、SopA が細胞骨格繊維の役を果たし、SopB がセントロメアに相当する配列に結合します。

MinCDE システム

MinCDE システムは繊維構造であり、大腸菌において細胞中央への正確な分裂面の決定を担います。MinC タンパク質はZリングの重合を阻害して隔壁の形成を妨げます。MinC、MinD、MinE は螺旋状の構造を構成して細胞の周囲に沿って巻き付き、MinD によって細胞膜に結合しています。MinCDE の構造体が細胞の両極間で振動することで、細胞中央付近でのZリング形成を導きます。

このような Min タンパク質のダイナミックな挙動は、細胞膜を模倣した人工的な脂質二重膜を用いて in vitro で再現されています。

参考文献

(参考文献の情報をここに追加)

原核生物の細胞骨格