原羊遊斎

原羊遊斎：琳派の伝統を受け継ぐ江戸時代の巨匠

原羊遊斎（はら ようゆうさい、1769年-1846年）は、江戸時代後期の蒔絵界を代表する巨匠の一人です。神田生まれの彼は、尾形光琳らに始まる琳派の優美な様式を礎に、独自の境地を開拓しました。通称は粂次郎（久米次郎、久米二郎とも）、号は更山で知られています。

羊遊斎の生涯については、詳細な記録が乏しく不明な点も多いのですが、彼の卓越した技量は、今日まで数多く残されている作品群から明らかです。特に緻密で精巧な技法は高く評価されており、伝統的な蒔絵技法を忠実に守りながら、独自の美意識を表現することに成功しました。

彼の代表作として、酒井抱一が下絵を描いた印籠蒔絵が挙げられます。琳派を代表する絵師である抱一とのコラボレーションは、羊遊斎の芸術性をさらに高める契機となりました。この印籠蒔絵は、羊遊斎の作品の中でも特に有名であり、高い評価を受けています。

印籠だけでなく、羊遊斎は茶道具の制作にも携わっています。当時、松江藩主であった松平治郷（不昧公）からの依頼を受け、数々の茶道具を制作したと伝えられています。さらに、松平治郷の命により、松江藩塗師棟梁の小島清兵衛（五代目、後の初代小島漆壺斎）の指導にあたるなど、後進の育成にも尽力しました。

こうした活動を通じて、羊遊斎は熊本藩の細川氏、佐賀藩の鍋島氏、彦根藩の井伊氏といった大名家にも仕えるようになりました。彼の名声は、藩の枠を超え、多くの文化人に知れ渡っていたようです。鷹見泉石、谷文晁、太田南畝、亀田鵬斎、中井敬義、中村仏庵といった著名な文化人との交流も盛んであったと伝えられ、歌舞伎役者の七代目市川團十郎とも親交があったとされています。

また、羊遊斎は多くの弟子を育成したことでも知られています。中山胡民、昇龍斎光玉、岩崎交玉といった後継者たちが、彼の技法と精神を受け継ぎ、蒔絵界に貢献しました。

羊遊斎の代表的な作品の一つに、『蔓梅擬目白蒔絵軸盆』（1821年頃制作、江戸東京博物館蔵）があります。この作品は、羊遊斎の繊細な筆致と、琳派らしい優美なデザインが見事に融合した傑作として高く評価されています。

晩年、羊遊斎は巣鴨の講安寺に葬られました。彼の死後も、その作品は人々の心を魅了し続け、日本の伝統工芸における重要な位置を占め続けています。羊遊斎の芸術は、単なる技術の粋を超え、江戸時代の文化と美意識を体現する貴重な遺産として、現代にまで受け継がれています。

もう一度検索