松平治郷

松平治郷（不昧公）：波乱の生涯を送った名大名茶人

松平治郷（まつだいら はるさと）は、江戸時代中期から後期にかけて活躍した大名であり、出雲国松江藩の第10代藩主です。雲州松平家7代当主でもあり、茶人としては不昧（ふまい）の号で広く知られています。彼の創始した茶道は不昧流として現代にまで受け継がれており、その名は日本の茶道史に深く刻まれています。

生涯

寛延4年（1751年）に、6代藩主・松平宗衍の次男として生まれた治郷は、明和4年（1767年）に父の隠居に伴い家督を継ぎました。10代将軍・徳川家治から偏諱を賜り、祖父・松平宣維の初名「直郷」から一字を取り、「治郷」と名乗りました。

当時の松江藩は財政が破綻寸前の状態であり、周囲からは「雲州様は滅亡するだろう」とまで囁かれていました。この危機的な状況を打開するため、治郷は家老の朝日茂保と共に藩政改革に乗り出しました。積極的な農業政策の推進、治水工事の実施、木綿や朝鮮人参といった商品価値の高い特産品の栽培などを奨励することで、財政再建を目指しました。

しかし、その改革は厳しいものでした。それまでの借金を全て棒引きにし、藩札の使用を禁止、厳しい倹約令を施行し、村役人などの特権を停止、年貢の徴収を四公六民から七公三民にするなど、徹底的な引き締め策を実行しました。その結果、安永7年（1778年）には井上恵助による防砂林事業が、天明5年（1785年）には清原太兵衛による佐陀川の治水事業が完成し、藩の財政は立て直され、金蔵は潤沢になりました。

財政再建後、治郷は茶人としての才能を開花させ、名器「油屋肩衝」を始め、高価な茶器を多く購入しました。このため、藩の財政は再び悪化しましたが、政治への関与は少なく、改革は家老である茂保が主導していました。

文化3年（1806年）に家督を長男・斉恒に譲って隠居し、文政元年（1818年）に68歳でこの世を去りました。墓所は松江市の月照寺にあります。

人物と逸話

治郷は、政治家としての評価は低いものの、一説には財政再建後に幕府から警戒されることを恐れて、道楽者を演じていたとも言われています。幼少期から石州流の茶道と参禅修行に励み、隠居後は「不昧」の号を名乗るようになりました。

茶人としての才能は傑出しており、わび茶の理念を説いた『贅言』や、茶器に関する著書『古今名物類従』『瀬戸陶器濫觴』などを著しました。彼が築いた茶室、菅田菴（国の重要文化財）や明々庵が現存しており、その茶の湯の世界を今に伝えています。

治郷の茶の湯への情熱は和菓子にも及び、松江城下では多くの銘菓が生まれました。また、松江地方では煎茶道が発達し、お猪口状の湯呑で飲む習慣が現在も残っています。彼は郷土の美術振興にも尽力し、多くの職人を育成しました。漆工の小島漆壺斎、木工の小林如泥、陶工の長岡住右衛門貞政などがその庇護を受け、名工として名を馳せました。

治郷が収集した茶器、銘菓、庭などは「不昧公御好み」として、現代にも受け継がれています。松江市が文化の街として評価される礎を築いたのは、彼の功績と言えるでしょう。

彼は武芸にも優れ、松江藩の御流儀である不伝流居相を極めました。また、好角家としても知られ、強豪力士・雷電為右衛門を士分に取り立て、召し抱えたことでも知られています。

金魚を愛好し、部屋の天井にガラスを張って金魚を眺めたり、金魚の色変わりの秘法を会得させたりといった逸話も残されています。松江藩で開発された金魚・出雲ナンキンは、現在では島根県の天然記念物に指定されています。

官歴と没後の評価

治郷は、従四位下・侍従・佐渡守から始まり、左近衛権少将にまで昇進しました。明治維新後も、松江藩中興の祖、茶人として評価され、松江神社に主祭神と共に祀られています。松江市は彼の没後200年にあたる2018年から、「不昧公200年祭」と題した記念事業を計画し、命日である4月24日を「茶の湯の日」と定めました。

系譜

父：松平宗衍（1729-1782）
母：歌木 - 大森氏
正室：方子 - 伊達宗村の九女
室：武井氏
長男：松平斉恒（1791-1822）

展覧会

2018年には松江歴史館にて「松江藩主松平治郷の藩政改革」という企画展が開催され、図録も発行されました。

松平治郷は、藩主として、そして茶人として、その生涯を通して日本の文化に大きな影響を与えた人物です。彼の功績は、現代においても高く評価され、その精神は不昧流として人々に受け継がれています。

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