双月巫女

アキヨシカズタカによる漫画作品『双月巫女』は、単行本全3巻で完結しています。一見すると癒し系のスローライフを描いた物語ですが、その根底には壮大なSF設定が流れており、2008年には星雲賞にノミネートされるなど、多方面から評価された意欲作です。

物語の舞台と世界観

物語の舞台は、太陽系の第四惑星である火星、通称「ひぼし」です。かつて人類の故郷であった「天津星」、すなわち地球は何らかの原因で滅亡しており、その歴史は遠い神話の出来事となっています。現在の火星には、滅亡寸前だった地球の一大プロジェクトとして、世界遺産が再現された108の巨大ドームが建設され、人々はその中で暮らしています。ドームの住民は、自らの世界がドームそのものであると認識しており、ここが火星であることすら忘れ去って生活しています。ドームの外では、大気圏外のシードステーション群や地表を歩き回るドロイドによって惑星改造（テラフォーミング）が進行しており、いつの日か火星が青い空と緑豊かな大地を持つ星になることが期待されていますが、ドーム内の人々はその事実を知りません。

主要な舞台となるドームは、No.108の「国東」（クニアズマ）です。ここは、日本の大正時代に酷似した文化と科学技術を持つ土地で、海に囲まれた島国のように認識されています。主な産業は農業や漁業、牧畜といった第一次産業が中心で、政治形態は帝政が敷かれていると思われますが、詳細は明確に描かれていません。火星暦で3年前に発生した「龍の穴事変」（りゅうのあなじへん）以降、国東は緩やかに破滅へと向かっているとされています。

物語の始まりは、この国東ドームにある宇佐野神社です。鄙びた雰囲気を持つこの神社は、神域と呼ばれる境内に特殊な障壁が張られており、巫女であるヒメはそこから外に出ることができませんでした。境内には環境調整施設としての役割も持つ清めの池や、神楽殿、宝物殿などが存在し、ヒメはここで九十九神に仕え、菜園で作物を育てながら穏やかな日々を送っていました。

ストーリー概要

宇佐野神社の巫女としてお役目を果たす黒髪の少女ヒメは、親友である巫女見習いのアキ、そして帝都の豪商の娘でありながら押しかけで巫女見習いとなった伊美と共に、静かで平和な生活を送っていました。しかし、ある日、帝都から訪れた一人の青年が、ヒメの運命を大きく動かします。青年によって神域の障壁が解除され、外の世界へ出ることが可能となったヒメは、彼を追いかける形で、自らの使命、そして己が何者であるかを知るための巡拝の旅へと出ることになります。

登場人物

ヒメ（比売）：物語のヒロイン。宇佐野神社の巫女として九十九神に仕える黒髪の少女。普段は穏やかで優しい性格ですが、かつては感情を持たない機械的な存在でした。神域の障壁が解除されて以降、外の世界を旅します。
アキ（安岐）：ヒメの親友であり、宇佐野神社の金髪の巫女見習い。農家の娘で、がさつながらも大食いな元気な少女です。幼少期にヒメと出会い、彼女に人間的な感情を芽生えさせるきっかけを作りました。
鶴屋伊美（つるやいみ）：国東で強い影響力を持つ帝都の豪商、鶴屋の一人娘。アキとは喧嘩友達ですが、ヒメには強い憧れを抱き「姉様」と慕い、自ら宇佐野神社の巫女見習いとなります。かつては黒髪をコンプレックスに感じて染めていましたが、ヒメとの出会いを経て本来の髪色に戻しました。
来縄（くなわ）：帝都の学者であり、伊美の家庭教師も務めます。高名でありながら、世界の謎を探求する変わり者として見られています。「洋風文化はかつて大いなる存在から与えられた知識ではないか」という仮説を立て、後に宇佐野神社の調査を通じて世界の真実に触れ、それをまとめた「宇佐野録」を記します。鶴屋の美人メイドである女中に好意を抱いており、彼女の前では緊張してしまいます。
殿方/青年：本名不明の黒髪の青年。ヒメからは「殿方（あのかた）」と呼ばれます。記憶を失っており、言葉を発することもできません。来縄に保護され、彼の研究員として働いていました。ヒメと同様に九十九神からの使命を受けていますが、その内容は不完全です。ヒメを神域から解放した後、自らの使命を思い出し、帝都から旅立ちます。
女中：本名不明の鶴屋の美人メイド。伊美付きの世話係であり、後に来縄の妻となります。伊美に付き添い、ヒメたちの巡拝の旅にも同行します。
黒巫女：本名不明。多岐津姫島の神社に仕える黒髪の巫女。先祖がヒメと殿方に酷似しており、不思議な力（心を読んだりなど）を受け継いでいるようです。
神主：先代巫女がいなくなった後、幼いヒメを宇佐野神社へ連れてきた人物。その正体は不明ですが、ドームの管理を司る九十九の神々の一人である可能性が高いとされています。

主要な地名・用語

火星（ひぼし）：物語の舞台となる惑星。自転周期は約24.6時間、公転周期は約685日（地球の約2年）。大気は薄く、空は茜色。父母司（フォボス）と弟妹司（ダイモス）という双月を持ちます。
天津星（あまつぼし）：八百万の神々が住むとされた地球。物語の時点では既に滅亡しており、その破片が火星に降り注いだことが「龍の穴事変」の原因となりました。
国東（クニアズマ）：ドームNo.108。大正時代の日本を模した文化を持ち、農業などが中心の島国のように認識されています。
宇佐野神社：ヒメが住む神社。神域に障壁がありましたが解除されました。境内の池は環境調整の施設となっています。
帝都：国東の中心都市。石畳や洋館、路面電車などモダンな洋風文化が見られます。
大元山（おおもとやま）：宇佐野神社がある山。麓にアキの住む御許（おもと）村があります。
龍の穴（りゅうのあな）：隕石落下による「龍の穴事変」の中心地。大きな穴が開き、ドームの構造材が露出しています。
姫島（ヒメシマ）：天津由来の宗像三女神を祀る三つの島。磐座が鎮座し、ヒメたちが巡拝に訪れます。
獅子の牙：国東を取り囲む光の線で、ドームを支える柱です。
磐座（いわくら）：不思議な鉱石でできた岩。地脈を活性化させる働きがあります。
九十九の神々（つくものかみがみ）：宇佐野神社の祭神。天津から国東を開拓した99の御柱が権現となった姿で、ドームの守護神です。ヒメは彼らの声を聞いて行動します。
帝都鉄道：国東を南北に走る蒸気鉄道。資源枯渇のため廃止が決定しています。
ドロイド：惑星改造のために活動する単眼のアンドロイド。植物を散布し、大気改造を進めています。

単行本情報

アキヨシカズタカ『双月巫女』 MFコミックス全3巻
1. 2006年2月28日初版発行 ISBN 4-8401-1362-9
2. 2006年8月31日初版発行 ISBN 4-8401-1611-3
3. 2007年7月31日初版発行 ISBN 978-4-8401-1929-0

『双月巫女』は、ノスタルジックな世界観の中で、少女たちの交流と成長、そして星の秘密に迫る旅を描いた、読む者に静かな感動と驚きを与える作品と言えるでしょう。

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