口唇口蓋裂

口唇口蓋裂（こうしんこうがいれつ）は、生まれつきの形態異常の一つで、顔面や口腔の発達過程における不全によって、口唇や口蓋（いわゆる「うわあご」）の一部または全体に裂け目が生じる状態を指します。口唇の裂け目を「口唇裂」、口蓋の裂け目を「口蓋裂」と呼び、これら両方が同時に見られることもあります。かつては俗に「みつくち」「うさぎぐち」などと呼ばれていましたが、現在では医学的な名称が用いられています。この状態は、哺乳、発音、呼吸、歯並び、外見などに様々な影響を及ぼす可能性がありますが、現代の医療技術、特に外科手術によって多くの場合、治療が可能です。

原因

口唇口蓋裂の発生は、胎児期における顔面形成時の突起の癒合不全に起因します。口唇裂は、上顎隆起と内側鼻隆起といった顔面の組織が十分に結合しないことで生じます。口蓋裂は、口蓋を形作る左右の突起や、一次口蓋、鼻中隔などが適切に癒合しないために起こります。これらの原因には、遺伝的な要因が関与するほか、妊娠中の特定の感染症（例：風疹）や、特定の薬剤の使用、さらには母体の栄養状態や喫煙などの環境的な要因が複合的に影響している可能性が指摘されています。

種類

口唇口蓋裂はその症状により多様な種類に分類されます。

口唇裂: 裂け目が唇の一部に留まる「不完全口唇裂」と、鼻の穴まで達する「完全口唇裂」があります。また、裂け目が片側のみに生じる「片側性」と、両側に生じる「両側性」に分けられます。外見上は軽微なへこみや傷跡のように見える場合でも、「痕跡唇裂」として表面下の筋肉に影響があることがあり、専門家による評価が必要です。
口蓋裂: 裂け目が軟口蓋（口の奥の柔らかい部分）のみに見られる「軟口蓋裂」、硬口蓋（口の前方の硬い部分）から軟口蓋にかけて及ぶ「硬軟口蓋裂」があります。口唇、歯槽骨、硬口蓋、軟口蓋と連続して裂け目が続く場合は「唇顎口蓋裂」と呼ばれます。また、粘膜の表面は閉じているものの、その下の骨や筋肉が欠損している「粘膜下口蓋裂」も存在します。
動物: ヒト以外の動物にも口蓋裂は発生し、犬（特に短頭種）や馬などで報告されています。

有病率と歴史

日本における口唇口蓋裂の有病率は、およそ出生500人に1人程度とされています。世界的に見ると、その発生頻度は人種や地域によって異なり、アジア系やネイティブ・アメリカンでは比較的高く、アフリカ系では低い傾向がみられます。口蓋裂のみの有病率には、人種による大きな差はあまり見られません。

歴史的には、外科手術が未発達だった時代には、成人しても裂け目が残ったままの状態であることも少なくありませんでした。しかし、医学の進歩、特に形成外科や口腔外科の技術発展により、現在では早期に適切な治療を行うことで、機能的な問題の改善に加え、治療痕も目立ちにくくすることが可能となっています。

治療

口唇口蓋裂の治療は、形成外科医、口腔外科医、耳鼻咽喉科医、小児科医、矯正歯科医、言語聴覚士などが連携する専門チームによって、長期にわたって行われます。

外科的治療: 主な治療法は手術です。
口唇形成術: 口唇の正常な形態と機能（授乳など）の回復を目指す手術で、一般的に生後3ヶ月以降、児の全身状態を確認してから行われます。様々な術式があり、裂け目の種類や程度に応じて選択されます。成長に伴い、形態の微調整や鼻の形を整えるための二次手術が学童期や成人期に行われることもあります。
口蓋形成術: 口腔と鼻腔を隔てる口蓋の裂け目を閉じ、食物の逆流を防ぎ、正しい発音に必要な口蓋の機能を回復させることを目的とします。通常、口唇形成術よりも後の時期に行われます。裂け目の状態に応じて、様々な手術方法や、一度に閉鎖する一段階法、複数回に分けて行う二段階法が選択されます。
内科的治療: 口蓋裂がある場合、哺乳時に飲食物が鼻に逆流しやすく、誤嚥性肺炎のリスクが高まります。このため、適切な哺乳方法の指導や、必要に応じて内科的な管理が行われ、誤嚥の予防に努めます。
チーム医療: 口唇口蓋裂の治療は、手術だけでなく、成長に応じた歯科矯正治療、言語療法、心理的なケアなども含めた総合的なアプローチが必要です。そのため、様々な専門分野の医療従事者が連携して治療計画を立て、実行することが重要となります。

社会的な側面と論争

口唇口蓋裂は生命を脅かす重篤な疾患ではありませんが、一部の国では人工妊娠中絶の理由として認められているケースがあり、これが倫理的な論争を巻き起こしています。特に、法定中絶期限を過ぎてからの判断や、この行為が優生学的な考え方につながるのではないかといった批判が、「美容殺人」という言葉とともに提起されることがあります。これは、「深刻な障害」の定義や、胎児の権利、女性の自己決定権など、多様な価値観が絡み合った複雑な問題として議論されています。

歴史・文化的な言及

古代日本の遺跡からは、口唇口蓋裂（兎口）を表現したと見られる土製品が出土しており、縄文時代や古墳時代の人々がこの形態を認識し、何らかの意味を見出していた可能性がうかがえます。また、日本の特定の地域には、妊娠中にウサギの肉を食べると子供が口唇口蓋裂になるという俗信が残っています。

関連が知られている著名人

歴史上の人物では、アメリカ西部のガンマンであるドク・ホリデイ、古代エジプトのファラオであるツタンカーメン（わずかな口蓋裂の可能性）、エイブラハム・リンカーンの息子タッド・リンカーン、琉球王国の尚益王、戦国時代の武将である山県昌景などが、口唇口蓋裂との関連があったとする記録や説があります。また、イギリス女王エリザベス2世の夫であるエディンバラ公フィリップの父、ギリシャ王子アンドレアスや、ヴァイキングの戦士ソルギルス・スカルティなども関連が知られています。

もう一度検索