司令部を砲撃せよ

「司令部を砲撃せよ」（中国語簡体字：炮打司令部、副題：我的大字报／私の大字報）は、1966年8月5日に中国共産党主席である毛沢東が執筆し、『人民日報』に掲載・発表した短い政治評論です。この評論は、発表形式としては個人の意見表明である「大字報」（壁新聞形式の意見書）の形をとっていましたが、その内容は、当時の国家主席であった劉少奇をはじめとする党や国家の指導部、すなわち「司令部」と見立てられた層に対する公然たる攻撃を呼びかけるものでした。実質的には、毛沢東の意に沿わない党幹部を失脚させるための、大衆に向けた指令書としての性格を強く持っていました。

この文章が発表されたのは、同年5月16日に中国共産党中央政治局拡大会議で採択された「五・一六通知」によって、既に「プロレタリア文化大革命」が始動していた時期です。しかし、「司令部を砲撃せよ」が発表されたことで、文化大革命の矛先は、単なる思想批判や学術批判に留まらず、党と国家の中枢を担う権力者層へと向けられることになりました。

評論発表のわずか2日後、この文章は北京で開催中だった中国共産党第8期中央委員会第11回全体会議（8期11中全会）の出席者全員に配布されました。最高指導者の明確な意図を示す文書として、会議の議論に決定的な影響を与えたことは想像に難くありません。そして、評論発表から3日後の8月8日、同会議は「プロレタリア文化大革命についての決定」（十六条）を採択しました。この決定によって、文化大革命は党公認の運動として位置づけられ、その後の広範な混乱と暴力を伴う本格的な展開へと突入していったのです。「司令部を砲撃せよ」は、この本格化への重要な転換点となった文書と言えます。

この評論の持つ異例さは、単に党幹部への攻撃を指示した点に留まりません。毛沢東自身が揮毫した「司令部を砲撃せよ」と題されたポスターも作成・掲示され、視覚的なプロパガンダとしても広く展開されました。これは、文字による評論だけでなく、強力なスローガンとして人々の意識に直接訴えかける意図があったことを示唆しています。そして何よりも特筆すべきは、毛沢東という、まさに党という組織を革命によって築き上げ、その頂点に立つ人物が、自ら作り上げたその組織体制そのものに対する破壊を呼びかけたという点です。歴史家のフランク・ディケーターは2016年にCNNの取材に対し、このような、自らの手で打ち立てた権力機構への攻撃を公然と煽動する行為は、ソ連のヨシフ・スターリンやカンボジアのポル・ポトといった他の独裁者ですら行わなかった異例中の異例であると述べています。これは、「司令部を砲撃せよ」が単なる権力闘争の手段に終わらず、毛沢東の思想や文化大革命の破壊的な性格を如実に示していることの証左と言えるでしょう。

このように、「司令部を砲撃せよ」は、文化大革命の本格的な波を引き起こし、多くの人々を巻き込んだ混乱の時代へと中国を導く上で、極めて象徴的かつ実質的な役割を果たした歴史的な文書です。それは、最高指導者による異例の「自組織砲撃」の号令として、中国現代史に深く刻み込まれています。

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