五・一六通知

五・一六通知

五・一六通知（ご・いちろくつうち）とは、1966年5月16日に中国共産党中央政治局拡大会議において採択された歴史的な決定文書です。この通知は、当時国内で高まっていた文化分野における論争を収束させようとする党内の一部の動きを明確に否定し、文化大革命という大規模な政治運動の本格的な開始を事実上決定づけたものと広く解釈されています。

背景

「五・一六通知」が生まれる背景には、文化大革命の前夜、中国共産党内部で繰り広げられていた複雑な権力闘争と思想的な対立がありました。ことの発端は、後に「四人組」の一員となる姚文元が、1965年11月10日に上海の新聞『文匯報』に発表した評論「新編歴史劇『海瑞罷官』を評す」でした。この評論の中で、姚文元は作家である呉晗が1961年に発表した戯曲『海瑞罷官』を厳しく批判しました。姚文元は、この戯曲が「プロレタリアートによる独裁と社会主義体制に敵対する『毒草』」であると断じ、その背後にある政治的な意図を問題視しました。

当時、呉晗は北京市副市長という重要な役職にあり、姚文元の批判は、呉晗の上司であった北京市党委員会第一書記の彭真、さらには国家主席の劉少奇といった、毛沢東とは異なる路線を進む党の最高指導部メンバーに対する攻撃を隠蔽したものであると考えられています。この批判が引き金となり、文芸評論の枠を超えた政治的な議論が巻き起こりました。

毛沢東自身もこの議論に介入し、12月には『海瑞罷官』の登場人物である海瑞を、過去に失脚させられた彭徳懐元帥と関連付ける談話を発表するなど、事態は一層複雑化しました。

こうした状況に対し、党内の知識人問題や文化事業を担当していた「文化革命五人小組」の組長であった彭真は、事態の沈静化を図りました。1966年2月、彭真は小組を招集し、巻き起こった批判を学術論争の範疇に留めようとする内容の「二月要綱」を作成しました。この要綱は党中央の承認（毛沢東の黙認を含む）を得て、事態収拾への道筋を示すかに見えました。

しかし、毛沢東は「二月要綱」に不満を持っていました。4月10日になると、毛沢東は「二月要綱」が誤りであると公に批判し、党中央宣伝部が真の左派を支持していないと指弾しました。この毛沢東の態度変化が、事態を決定的に文化大革命推進の方向へと転換させることになります。

内容

このような緊迫した情勢の中で採択された「五・一六通知」は、それまでの事態収拾の試みを完全に覆すものでした。その主な内容は以下の通りです。

1. 「二月要綱」の取り消し：「二月要綱」は誤った方針に基づいているとして正式に撤回されました。これは、学術論争として処理しようとした彭真らによる試みの失敗を意味しました。
2. 「文化革命五人小組」の廃止と新組織の設置：「文化革命五人小組」はその役割を終えたとして廃止され、代わりに新たに「中央文化革命小組」が設置されました。この新組織は毛沢東の意を汲む者たちによって構成され、その後の文化大革命における実質的な指導機関となっていきます。
3. 広範な批判と権力奪取の呼びかけ：通知は、党、政府、軍隊、文化・教育など、社会のあらゆる領域に潜む「ブルジョアジー階級の代表者」を徹底的に批判し、彼らから権力を奪い取ることを人民大衆に強く呼びかけました。これは、その後の文革で実際に展開される権力闘争と、古くからの権威や伝統に対する破壊活動（破四旧）の直接的な号令となりました。

「五・一六通知」が採択された中央政治局拡大会議では、林彪らが彭真、陸定一、羅瑞卿、楊尚昆といった党幹部を、劉少奇失脚に向けた布石として「反党集団」であると激しく非難しました。この会議の結果、彭真らは失脚に追い込まれました。この人事は、「五・一六通知」の内容が単なる方針決定ではなく、党内権力構造に大きな変動をもたらすものであることを示しました。

歴史的意義

現在、「五・一六通知」は、中国共産党が文化大革命という未曽有の政治運動を正式に発動し、それを全国に指示した極めて重要な文書であると位置づけられています。この通知によって、党の正規の機関である「文化革命五人小組」は解体され、毛沢東直属の「中央文化革命小組」が文革推進の主導権を握ることになります。また、「ブルジョアジー代表者」への批判と権力奪取の呼びかけは、その後の中国全土で展開されることになる暴力と混乱を伴う階級闘争を正当化する根拠となりました。

「五・一六通知」は、中国現代史における決定的な転換点を示す文書であり、その後の十年にわたる文化大革命の悲劇の序章となったと評価されています。

参考文献

安藤正士、太田勝洪、辻康吾『文化大革命と現代中国』岩波新書、岩波書店、1986年。

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