合わぬ貝

『合わぬ貝』について

梶山季之の短編時代小説『合わぬ貝』は、1956年に発表されました。この作品は、松尾芭蕉が藤堂家に仕えていた時代の秘められた性癖と、武士の身分を捨てて俳諧の道へと進むことになった背景を、架空の伝書『小鍋夫人覚書』を基に描いたものです。

物語の背景

本作は、同人雑誌「新思潮」から推薦を受け、『新潮』昭和31年12月号に「同人雑誌推薦作」として掲載されました。物語は、松尾芭蕉がまだ松尾甚七郎金作と名乗っていた頃、藤堂家の用人として仕えていた時代に焦点を当てています。そこで描かれるのは、彼の隠された性癖であり、従来の芭蕉のイメージとは異なる、人間臭い一面を垣間見ることができます。

登場人物

物語には、以下の主要な人物が登場します。

松尾甚七郎金作（釣月軒）: 物語の主人公であり、後の松尾芭蕉。藤堂侍大将家の用人として仕えています。
服部（藤堂）元住: 安濃津藩藤堂家の城代家老。七千石を領し、伊賀上野城代を務めています。
藤堂新七郎良精: 安濃津藩藤堂家の侍大将。五千石を領し、伊賀上野城付の侍大将家です。
藤堂主計良忠: 良精の三男で、体が弱い。松尾甚七郎の数歳年上の主君です。
小鍋夫人: 良忠の正室で、元住の五女。物語の重要な鍵を握る人物です。
蘭軒: 藤堂侍大将家の医師。
城孫太夫: 甚七郎金作の友人。彼の出奔により降格の憂き目に遭います。
藤堂良重: 小鍋夫人の二度目の夫で、良忠の弟。良精の庶子です。
藤堂良長: 良忠の嫡男。物語では、良精と小鍋夫人の子であるという説が採用されています。後に芭蕉となった甚七郎を伊賀上野の城に招き入れます。
北村季吟: 俳人で、甚七郎金作の師匠。

物語の特徴

本作では、松尾甚七郎が藤堂家を出奔し、北村季吟の門下に入ったとされています。これは史実とは異なり、実際には藤堂良忠が北村季吟の弟子であり、松尾甚七郎は主君の誘いで北村門下になったとされています。このように、史実とは異なる設定を用いることで、作者は物語に独自の解釈と深みを与えています。

タイトルについて

『合わぬ貝』という題名は、松尾芭蕉が1672年に刊行した俳諧集『貝おほひ』と、宮中の女官や姫君の間で行われた遊戯「貝合わせ」に由来しています。『貝おほひ』は芭蕉の処女句集であり、上野天神宮に奉納されました。このタイトルは、物語の内容と芭蕉の人生を象徴的に結びつけています。

作品の発表

本作は1956年10月に『新潮』に掲載され、その後、河出書房新社から1985年に短編集として出版されました。梶山季之にとっては、商業誌に発表された事実上の処女作にあたります（同人誌には、それ以前に「米軍進駐」と「振興外貨」が掲載されています）。

まとめ

『合わぬ貝』は、松尾芭蕉の知られざる一面を描き出した作品であり、史実とは異なる大胆な解釈が加えられています。作者の梶山季之は、この作品を通して、芭蕉の人間性を深く掘り下げ、読者に新たな視点を提供しています。

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