吉村巌

吉村巌（1900-1970）は、昭和期にかけて活躍した日本の造園家です。特に観光地の造園計画や景勝地の経営論に深い関心を寄せたことから、「観光造園家」として知られる一方で、多岐にわたる園芸や造園に関する著述活動でも多くの業績を残しました。その活動は、公園計画への参画、学術研究、実務での作品制作、教育、執筆と非常に広範に及びます。

東京高等造園学校で造園学を修め、大正15年（1926年）に卒業しました。卒業後は、横浜市に自身の造園設計事務所である「庭園創作所」を設立して実務に携わるかたわら、当時の造園界の重鎮であった上原敬二のもとでも造園技術の研鑽を積みました。その後は茨城県や滋賀県など、各地で造園関連の職務を経験しています。太平洋戦争中の昭和18年（1943年）から昭和19年（1944年）にかけては、中島飛行機三鷹研究所の営繕課に勤務していた時期もありました。戦後、吉村は再び造園設計事務所を開設し、造園家としての活動を精力的に再開しました。

吉村が「観光造園家」として評価されるようになった背景には、その先駆的な取り組みがあります。昭和5年（1930年）には、上原敬二ら著名な専門家たちと共に、金剛山公園の第1回計画策定に参画しました。また、昭和3年（1928年）には、造園学の専門誌である「造園芸術」に「景勝地経営論序説」を発表し、景勝地の保全や観光資源としての活用に関する学術的な提言を行いました。戦後の昭和28年（1953年）には、田村剛、加藤誠平、舘粲児といった錚々たる顔ぶれと共に、佐世保市の観光施設計画や西海国立公園候補地の自然公園計画調査に参加するなど、日本の国立・国定公園の初期整備においても重要な役割を果たしました。

実務家としても、吉村巌は数多くの優れた造園作品を手がけました。特に旺文社中庭をはじめとする一連の造園設計は、その質の高さが認められ、日本造園学会賞を受賞しています。福井県にあるあわら温泉の旅館「べにや」の庭園も、彼の代表作の一つとして広く知られています。また、学術的な探求心も旺盛で、昭和37年（1962年）には「立石の造形的研究」により学位を取得しています。

吉村の業績の中で特筆すべきは、その旺盛な著述活動です。専門家向けの造園設計理論から、一般の人々向けの園芸、野菜栽培、盆栽、庭木、日本庭園、住宅庭園といった幅広いテーマに関する啓蒙書まで、多数の著作を発表しました。主な著書には、『四季・食用茸の培養』（1934年）、『造園設計の実際』（1934年）、『図説日本庭園大鑑』（1935年）、『景勝地経営と観光事業』（1935年）、『住宅庭園』（1956年）、『日本庭園』（1959年）、カラーブックスの一冊となった『小庭園』（1963年）などがあります。これらの著作は、専門的な知識の普及だけでなく、一般家庭における造園や園芸の普及にも大きく貢献しました。

吉村巌は、日本の近代造園史において、「観光」という新たな視点を導入した先駆者であり、公園計画、景勝地経営論の研究、実務での優れた作品制作、そして多岐にわたる著述活動を通じて、造園学の発展と普及に多大な貢献をした人物です。その親しまれた渾名「ガンさん」からも、その人柄がうかがえます。

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