吉田久

吉田 久（よしだ ひさし）は、1884年（明治17年）8月21日に生まれ、1971年（昭和46年）9月20日に87歳で生涯を閉じた日本の法曹家、政治家、教育者です。福井県福井市の八百屋に長男として生まれ、幼少期からその聡明さで周囲を驚かせたと言われています。一家はより良い生計を求めて上京し、人力車業を営みましたが、事業は次第に立ち行かなくなります。日清戦争開戦の年、吉田は番町高等小学校尋常科を中退し、一時故郷の福井に戻ることとなりました。その後再び東京へ出た彼は、裁判所の給仕として働きながら生計を立てます。

勉学への意欲を捨てきれなかった吉田は、弁護士の書生として働く傍ら、後の名門中央大学となる東京法学院で法律を学びます。苦学の末、1905年（明治38年）に東京法学院を卒業。同年の判事検事登用試験では次席となる優秀な成績を収めました。司法官試補を経て検事に任官し、その後判事へと転じ、法曹としての道を歩み始めます。

教育者としての側面も持ち合わせており、横浜専門学校（現在の神奈川大学）の創立にも協力しています。1927年（昭和2年）、神奈川大学の創設者である米田吉盛が設立した特殊学校において、林頼三郎からの依頼を受け、同僚と共に民事法を担当し、学生たちの指導に当たっていました。学校は横浜学院と改称され、移転を繰り返しましたが、吉田は1942年（昭和17年）に母校である中央大学での教務が多忙になったため、同校での教授職を退いています。

吉田の経歴の中で最も特筆されるのは、大戦末期の1945年（昭和20年）3月1日に下された「翼賛選挙無効判決」です。1942年に行われた第21回衆議院議員総選挙（いわゆる翼賛選挙）に関して提起された選挙無効訴訟（鹿児島2区選挙無効事件）において、大審院第三民事部の部長判事（裁判長）を務めていた吉田は、「鹿児島2区の選挙は無効である」との判決を下しました。この審理にあたり、吉田は4人の陪席裁判官とともに異例の鹿児島出張を行い、当時の鹿児島県知事を含む187人もの証人から直接証言を得るという徹底した事実認定を行いました。この前例のない出張尋問は、大審院内部でも「壮挙」と称されるほどでした。この判決は、戦時下の国家総動員体制下にあって、司法が選挙制度の公正さを守ろうとした「気骨の判決」として後世に伝えられています。なお、この判決の原本は東京大空襲で焼失したとされていましたが、1985年（昭和60年）に最高裁判所の倉庫で発見され、「幻の判決文」としてその存在が明らかになりました。

判決宣告からわずか4日後、吉田は司法大臣に辞表を提出し、裁判官を辞職しました。大審院判事在職中から中央大学で講師を務めていましたが、終戦を迎えるまで「危険人物」として特高警察の厳しい監視下に置かれることとなります。戦後、鳩山一郎の推薦を得て日本自由党政務調査会顧問に就任。GHQによる占領下で行われた憲法改正の議論においては、同党の憲法改正要綱のうち、司法権の独立強化や大審院（後の最高裁）の独立監督権などを定めた条項の起草に深く関わりました。

1946年（昭和21年）8月21日には、貴族院議員に勅選され、交友倶楽部に所属。戦後の国会において、参議院議員選挙法の立案など、新たな政治体制の構築に尽力します。翌1947年（昭和22年）5月2日、日本国憲法の下で貴族院が廃止されたことに伴い議員を退任しました。その後は中央大学に教授として復帰し、再び教育の場に戻ります。1960年（昭和35年）の安保闘争の際には、大学院の研究科長として、学生が安保闘争に参加することには当初批判的な意見を持っていましたが、警官隊による学生への暴力的な対応を目撃し、教員と学生に国会へ向かうよう促すという行動をとりました。彼の思想は保守的でしたが、戦時中の経験から権力の横暴や全体主義を強く嫌悪しており、いかなる思想であっても暴力で抑圧されるべきではないという強い信念を持っていたことが、当時の教え子であった吉田豊氏の回顧録などからうかがえます。

中央大学を退職した後も、千葉商科大学で教鞭を執り、教育者としての活動を続けました。1971年（昭和46年）9月20日、老衰のため日本大学附属病院で死去しました。87歳でした。墓所は東京都の青山霊園にあります。

吉田久は、苦難を乗り越えて法曹となり、戦時下にあっても権力に屈せず司法の独立と公正を守ろうとした「気骨の判事」であり、戦後日本の司法制度や憲法、そして教育界にも多大な貢献をした人物として記憶されています。

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