吉野秀雄

吉野秀雄：病と闘い続けた歌人、書家、そして文人

吉野秀雄（1902-1967）は、近代日本の歌壇に独特の足跡を残した歌人であり、同時に優れた書家、文人としても知られています。群馬県高崎市生まれ。織物問屋の家に育ちましたが、幼少期から病弱で、富岡市で祖父母に育てられました。高崎商業学校、慶應義塾大学と進学するも、大学在学中に肺結核を患い、中退を余儀なくされます。この病気は生涯にわたる闘病生活の始まりでした。

しかし、病床にあって吉野は、正岡子規やアララギ派の歌風、そして会津八一の『南京新唱』に深く感銘を受け、和歌の世界に没頭します。会津八一を師と仰ぎ、万葉集を基調とした、純粋な人間への愛憐に満ちた歌を詠み続けました。

彼の歌風は、昭和の歌壇の主流とは一線を画すものでした。正岡子規の伝統を継承しつつも、独自の境地を開拓。病に苦しみながらも、人間の心の深淵を鋭く、そして優しく見つめる視線は、多くの読者の共感を呼びました。代表的な歌集には、『寒蝉集』（1947年）、『晴陰集』（1950年）などがあります。

歌人としての活動に加え、吉野は書家としても高い評価を得ていました。繊細で力強い筆致は、彼の内面世界を映し出すかのようです。また、美術鑑賞や随筆、日記なども多数残しており、幅広い文化活動に携わっていたことがわかります。

私生活では、最初の妻との間に4人の子供をもうけましたが、妻の死を経験。その後、八木重吉の未亡人であった登美子と再婚し、八木重吉の作品の普及にも尽力しました。鎌倉アカデミアで教鞭を執り、山口瞳など多くの弟子を育てました。山口瞳は、吉野の死後、『小説・吉野秀雄先生』を発表し、師への深い敬愛と、その生涯を鮮やかに描き出しています。

晩年は、糖尿病やリウマチなど、多くの病気に苦しみながらも、歌作や揮毫を続けました。貧しい生活を送っていたと伝えられ、その境涯は彼の作品に深く刻み込まれています。1967年、心臓喘息のため鎌倉市自宅で逝去。鎌倉瑞泉寺に埋葬されました。

吉野秀雄の作品は、彼の生涯と深く結びついています。病苦、喪失、貧困、そして人間への深い愛情。これらの要素が複雑に絡み合い、独特の深みと感動を呼ぶ作品群が生まれたのです。彼の歌、書、そして随筆は、現在も多くの読者、鑑賞者に深い感銘を与え続けています。

没後も、彼の作品は高い評価を受け続けています。毎年開催される「艸心忌」や、出身地である高崎市で開催される「吉野秀雄顕彰短歌大会」などは、その証です。彼の功績を称え、歌碑も全国各地に建てられています。良寛への深い関心から生まれた研究成果も、彼の多様な才能を物語っています。

吉野秀雄は、単なる歌人や書家を超えた、真の文人であったと言えるでしょう。彼の作品は、私たちに、人生の苦難と喜び、そして人間愛について深く考えさせる、貴重な遺産となっています。

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