名取芳夫

名取 芳夫（なとり よしお）

1914年4月30日、山梨県北巨摩郡保坂村（現在の韮崎市の一部にあたる地域）に生まれた名取芳夫は、戦前日本のプロボクシング史にその名を刻む偉大な選手である。特にウェルター級において目覚ましい活躍を見せ、日本王座と東洋王座の両方を獲得。日本ボクシング黎明期における強豪中の強豪として知られている。

経歴とスタイル

故郷を離れて上京した名取は、錦城中学校を経て正則高等学校へと進学する。その学生生活の傍ら、当時日本のボクシングの中心地の一つであった東京拳闘協会に入門し、本格的にボクシングの道を歩み始めた。

プロデビューは1932年1月11日。この記念すべき初戦で、彼は英国の経験豊富な強豪、エス・ハリーと対戦。まだキャリアをスタートさせたばかりであったにも関わらず、わずか3ラウンドでテクニカルノックアウト（TKO）による勝利を収め、鮮烈な印象を与えた。彼のファイトスタイルは、力任せではなく、緻密な計算に基づいた頭脳的なものだった。冷静沈着な試合運びと高度なボクシング技術を駆使する、いわゆる「頭脳派」のテクニシャンとして、当時のボクシングファンを魅了した。

王座獲得と栄光

名取は、国内のトップ選手たちと熾烈な戦いを繰り広げた。原靖、平川末男、熊谷二郎といった日本の実力者たちを次々と撃破。さらに、当時の日本ボクシング界にとって大きな壁であったフィリピン人選手にも臆することなく挑み、ジョー・サクラメントやファイティング・アボルトといった名選手からも勝利を収めるなど、その実力は国内外に広く認められていった。

彼のキャリアにおける頂点は、ウェルター級の日本王座および東洋王座の獲得である。1934年12月25日に日本拳闘連盟が主催した選手権大会では、強打で鳴らした佐藤利一と対戦。激しい攻防の末、7ラウンドに反則勝ちを収め、日本ウェルター級チャンピオンの栄冠を手にした。

さらに翌1935年には、ボクシング大国フィリピンの強豪アール・カンテとの間で東洋ウェルター級王座を争う。この重要な一戦で、名取はその真価を発揮。相手の強力な攻撃を見切りながら、自身のテクニックを存分に発揮し、わずか2ラウンドでの鮮やかなノックアウト（KO）勝利を収めた。この勝利により、彼は日本王座に加えて東洋王座も獲得し、戦前のアジアボクシング界におけるウェルター級の頂点に立ったのである。

引退と戦績

輝かしいキャリアを築き上げた名取芳夫は、東洋王座獲得の翌年、1936年にプロボクサーとしてのキャリアに幕を下ろした。彼の通算戦績は、51戦に出場し、36勝（うち9KO）7敗8引分けという優れた記録を残している。この数字は、当時の日本のボクシング界において、彼がいかに高い勝率を誇り、多くの強敵と戦い、そして勝利を重ねてきたかを物語っている。

名取芳夫は、その高度なボクシング技術と戦略的な試合運びで、戦前日本のプロボクシング界に多大な影響を与えた。日本と東洋のウェルター級タイトルを獲得した功績は大きく、日本ボクシングの黎明期における代表的な選手のひとりとして、後世に語り継がれるべき存在である。

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