名古屋市電の車両基地

名古屋市でかつて運行されていた路面電車、名古屋市電。その円滑な運行を支えていたのが、各所に設けられた車両基地でした。これらの施設は、車両の日常的なメンテナンスや修理、運行計画に基づく出入庫、そして乗務員の管理を行う「電車運輸事務所」と、より高度な分解・点検を行う「車両工場」の二種類に大別されます。

名古屋市電は時代とともに路線網を拡大し、最盛期を迎えた1960年（昭和35年）には、8か所の電車運輸事務所と1か所の車両工場を擁する規模となりました。しかし、モータリゼーションの進展などにより市電事業は段階的に縮小され、1974年（昭和49年）3月31日の全線廃止をもって、全ての車両基地はその役目を終え、閉鎖されました。都心部に残された広大な敷地となったこれらの跡地は、その後、公営住宅（市営住宅）や分譲マンションなど、多くが住宅用地として再活用されることになります。

各施設の詳細

電車運輸事務所

電車運輸事務所は、各路線の主要な場所に設置され、担当する系統の車両管理や運行拠点として機能しました。簡単な検査や修理を行う設備を備え、収容能力を示す記号が所属車両に取り付けられていました。

• - 池下電車運輸事務所（いけした でんしゃうんゆじむしょ）

- 千種区、池下停留場に隣接。1930年開設。1958年に閉鎖され臨時操車場となるも、翌年廃止。跡地は地下鉄施設を経て、市営池下荘（駅・バスターミナル併設）に転用。

• - 稲葉地電車運輸事務所（いなばじ でんしゃうんゆじむしょ）

- 中村区、中村線終点稲葉地町停留場に隣接。約3,300坪に最大58両収容。1958年開設。1963年には市営バス運輸事務所を併設。中村線廃止に伴い1972年閉鎖。跡地は市営北稲葉地荘となった。

• - 星ヶ丘操車場（ほしがおかそうしゃじょう）

- 千種区、東山公園線終点星ヶ丘停留場に隣接。稲葉地運輸事務所の管轄下で車両留置に使用。1959年に開設され、わずか2年後の1961年廃止。跡地は市営西星ケ丘荘（バス転回場併設）が建設された。

• - 浄心電車運輸事務所（じょうしん でんしゃうんゆじむしょ）

- 西区、上江川線浄心町停留場に隣接。市電最大の車庫で、約3,300坪に最大75両収容可能。1925年開設。押切線などの廃止により1972年閉鎖。跡地はシティーファミリー浄心やマンションに。隣接する市営バス浄心営業所は現存。

• - 沢上電車運輸事務所（さわかみ でんしゃうんゆじむしょ）

- 熱田区、熱田線沢上町停留場に隣接。約2,100坪に最大64両収容。名古屋電気鉄道の車庫を市営化により1922年に継承。熱田線廃止に伴い1974年2月に閉鎖。跡地にはマンションが建設された。

• - 高辻電車運輸事務所（たかつじ でんしゃうんゆじむしょ）

- 昭和区、東郊線高辻停留場に隣接。約3,900坪と最大級の敷地に最大79両収容。1923年開設。市電全廃日の1974年3月31日まで存続し、市電最後の車両が収容された車庫。跡地は市営高辻荘やマンションになった。

• - 老松電車運輸事務所（おいまつ でんしゃうんゆじむしょ）

- 中区老松町（現・新栄一丁目）、公園線老松町停留場に隣接。主に単車を配置。1910年開設。道路拡幅に伴い1950年に閉鎖。跡地の一部は道路に、残りは市営バス車庫などに転用された。

• - 港電車運輸事務所（みなと でんしゃうんゆじむしょ）

- 港区、野立築地口線港車庫前停留場に隣接。約3,700坪に最大58両収容。1943年開設。野立築地口線廃止に伴い1969年閉鎖。閉鎖後は市営バス港営業所として転用され、後に港明営業所として復活。

• - 下之一色電車運輸事務所（しものいっしき でんしゃうんゆじむしょ）

- 中川区下之一色町、下之一色線下之一色停留場に隣接。約1,000坪と小規模。専用軌道用電動貨車も収容。1937年市営化で継承。1969年閉鎖。跡地は松蔭公園となった。

• - 安田電車運輸事務所（やすだ でんしゃうんゆじむしょ）

- 昭和区安田通、八事線安田車庫前停留場に隣接。約1,700坪に最大53両収容。1937年市営化で継承。1954年に大久手へ移転・改称したが、旧施設も安田車庫として市電最終日まで存続。跡地は軽費老人ホーム名古屋市安田荘。

• - 大久手電車運輸事務所（おおくて でんしゃうんゆじむしょ）

- 千種区今池、循環東線大久手停留場に隣接。1954年、安田運輸事務所が移転・改称して開設。約500坪と小規模。市電最終日の1974年3月31日まで存続。跡地は名古屋市交通局大久手合同事務所となった。

• - 上飯田電車運輸事務所（かみいいだ でんしゃうんゆじむしょ）

- 北区上飯田通、御成通線終点上飯田停留場に隣接。約1,800坪に最大39両収容。1951年操車場として開設、1959年運輸事務所に昇格。1971年閉鎖。跡地は上飯田バスターミナルや市営西上飯田荘に。

車両工場

車両工場は、電車運輸事務所では対応できない大規模な検査や修理、改造などを専門に行いました。

• - 西町工場（にしまちこうじょう）

- 熱田区熱田西町（現・一番三丁目）、下江川線西町停留場に隣接。1931年開設。市電・バス両方を扱う基幹工場となるも、市電部門は1974年2月、バス部門も1979年に廃止・閉鎖。跡地は日比野中学校南校舎、市営一番荘などが建設された。

• - 那古野工場（なごのこうじょう）

- 押切線那古野町停留場に隣接。約5,400坪。名古屋電気鉄道の工場を市営化により継承したが、西町工場開設に伴い1931年に閉鎖。跡地は市営バス営業所となった。

その他

車庫や工場以外にも、かつて市電関連の事務所や分所が存在しました。

• - 西裏出張所（にしうら しゅっちょうじょ）

- 栄町線西裏停留場に隣接。車庫機能は持たず。1930年に池下出張所へ移転・改称し廃止。

• - 那古野出張所（なごの しゅっちょうじょ）

- 押切線那古野町停留場に隣接。1925年に閉鎖。跡地は市営バス那古野営業所となり、閉鎖後も一部が転回場として使用。

• - 沢上電車運輸事務所築地分所（さわかみ でんしゃうんゆじむしょ つきじぶんしょ）

- 稲永新田停留場に隣接。1937年市営化で継承し沢上運輸事務所の分所となる。1938年に下之一色分所に統合され廃止。

1974年3月の名古屋市電全廃により、全ての電車運輸事務所と車両工場はその歴史に幕を下ろしました。これらの広大な敷地は、その後の都市計画の中で、市民生活を支える市営住宅やマンション、公園、公共施設、あるいは地下鉄の関連施設などとして有効活用され、現在に至ります。市電の車両基地は、単に電車を置く場所としてだけでなく、地域の発展や都市機能の再編にも大きな影響を与えた存在と言えるでしょう。

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