名嘉睦稔

名嘉睦稔（なか ぼくねん、1953年 - ）は、日本の板画家。沖縄県伊是名島に生まれ、故郷の豊かな自然と文化を深く愛し、その息吹を捉えた色鮮やかで力強い作品で知られています。「ボクネン」の愛称で親しまれ、版画のみならず、デザイン、作詞など多岐にわたる分野で活躍しています。

幼少期から創作への情熱は尽きることがありませんでした。画材がなくても身近なものを代用し、粘土で生き物を形作るなど、旺盛な創造力を発揮。中学卒業後、デザインを学ぶため沖縄本島へ渡り、工業高校へ進学。卒業後に本土の専門学校に進みますが、自身の求める学びとの違いや、沖縄出身者に対する社会的な差別も経験し、故郷へ戻ります。沖縄でデザインプロダクションに就職し、イラストレーターとして頭角を現すと、その才能は広告や印刷業界で注目を集めました。

1979年には、友人と共にデザインプロダクション「プロジェクト・コア」を設立し、アパレルブランド「HabuBox」を立ち上げ。得意のイラストレーションを活かし、観光産業にも影響力を持つ存在となります。商業活動と並行して、1982年頃からは個人的な作品制作、特に「美童シリーズ」などのイラストレーションを精力的に発表。これらの作品は後に版画作品の原点ともなりました。

1983年、仕事の過程で版画と運命的な出会いを果たします。その表現力に深い衝撃を受け、「一生をかけて関わっていく」という確信を得たと言います。同時期に棟方志功の版画集に触れ、その圧倒的なエネルギーに更なる影響を受けます。版画制作への強い衝動に駆られますが、経営者としての多忙さから、一時的にその道を封印することを余儀なくされました。しかし、創作への情熱は冷めることなく、1985年からはセリグラフィー作品を量産し始めます。

1987年、満を持して木版画制作に本格的に取り組みを開始。そして1990年、那覇市で開催された初の個展が大きな反響を呼び、版画家・名嘉睦稔として広く認知されることになります。その独自の技法、特に版木の裏から彩色を施す裏手彩色や、力強く彫り進めるスタイルは、棟方志功との共通点が多く、「南の棟方志功」と称されるようになります。この称号は、彼の芸術が高く評価されていることの証です。

ボクネン氏の作風は、沖縄の亜熱帯の色を大胆に取り入れ、版材がうねり踊るような奔放な構図が特徴です。彼は制作時、独自の「気分」を自身に呼び込むことで作品が生み出されると語ります。また、最初のテーマを決めず、「順序」に従って頭の中に現れるイメージを形にしていくという独特の制作スタイルをとります。作品は描かれる前から存在しており、自身はそれを受け止める媒体に過ぎないという哲学は、彼の創作活動の根幹をなしています。

特に驚異的なのは、自然対象を描く際に、実物や写真をほとんど参考にしないにも関わらず、その形態や色彩の正確さです。これは、彼の中に太古から受け継がれた「身体性の記憶」があるためではないかと、映画監督の龍村仁氏に評されました。大作『大礁円環』をわずか2週間で完成させたエピソードは、その非凡な才能と集中力を物語っています。

思想面においては、自然界の「生きものたち」が持つ野生の自己責任に対し、社会に守られる人間のあり方を問い、「義理恥（ジリハジ）」の思想を提唱。「義理や恥を知ることで、人間は自然界の生きものと同等になれる」と説き、人間の道徳や社会規範の重要性を強調しています。この思想は、彼の作品世界にも深く根差しています。

板画作品にとどまらず、ボクネン氏の活動は多岐にわたります。リトグラフ、セリグラフィー、イラストレーション、レリーフ、陶板画、オブジェ、銅像制作、そして沖縄音楽界への作詞提供も手がけています。彼の作品は国内外で多数展示され、沖縄県内の公共施設にも数多く設置されています。テレビ、ラジオなどのメディアにも多数出演し、その芸術と哲学は広く人々に紹介されています。

2010年には沖縄県北谷町にボクネン美術館を開設（2024年に沖縄市へ移転しBOKUNEN ART GALLERYとして開館）。現在もこの新たな拠点を中心に、精力的に創作活動を続けています。名嘉睦稔氏は、沖縄の大地と人々の精神性を深く掘り下げ、それを独自の芸術表現へと昇華させ続ける、現代日本を代表する芸術家の一人です。

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