名立崩れ

「名立崩れ」（なだちくずれ）は、江戸時代中期、現在の新潟県上越市名立区名立小泊の地で発生した、歴史上まれに見る大規模な地すべり災害です。具体的には、宝暦元年（寛延4年、西暦1751年）4月26日（旧暦、新暦では5月21日）未明に発生した宝暦高田地震によって誘発され、海岸沿いにあった名立小泊村の集落が壊滅的な被害を受けました。この災害により、村が一瞬にして土砂に埋もれ、多数の人命が失われたと伝えられています。

災害の発生とその様相

名立崩れの引き金となった宝暦高田地震は、越後国西部、特に現在の高田周辺を震源として発生しました。この地震は沿岸地域にも強い揺れをもたらし、主要な交通路である北陸道を含む各地で土砂崩れを引き起こしましたが、中でも名立小泊村を襲った地すべりは群を抜いて大規模でした。

村の集落は、海岸線に沿って細長く広がっていました。その背後には、かつて海岸段丘であった急斜面が迫っていました。地すべりは、この高台部分、およそ1キロメートルにわたる広範囲で発生しました。台地の一部が巨大な塊として滑落し、元の高さから半減した状態で「棚畑」または「タナ」と呼ばれる特徴的な階段状の地形を形成しました。さらにその下では、崩落した土砂が猛烈な勢いの土石流となり、村落全体を文字通り飲み込み、そのまま海に流れ込みました。これにより、海岸から沖合にかけて100メートル以上の広がりを持つ暗礁帯が新たに形成される結果となりました。現在の名立漁港の東防波堤は、この時にできた暗礁の上に築かれています。

壊滅的な被害と困難な復興

この地すべり災害によって、名立小泊村は壊滅的な被害を被りました。当時の村にあった91軒の家屋のうち、無事だったのはわずか3軒のみであり、集落はほぼ完全に失われました。村の人口525人に対し、奇跡的に助かったのは137人に過ぎませんでした。この生存者の中には、海から必死に這い上がった者や、たまたま旅や仕事で村を離れていた者などが含まれます。

村の機能は完全に麻痺し、存続自体が危ぶまれる状況に陥りました。村は江戸幕府に対し、参勤交代の際に宿場として提供していた役務を免除してもらうよう願い出るとともに、村の再建に必要な資金援助を強く嘆願しました。また、生活のために他国へ出稼ぎや奉公に出ていた旧村民たちに対し、帰村を促すため、高田藩主を通じて各地の領主へ協力を依頼しました。しかし、村がかつての規模と活気を取り戻すまでには、ゆうに100年を超える長い時間が必要だったと言われています。

歴史的記録と詳細の判明

名立崩れの詳細な状況は、長い間正確には伝わっていませんでした。江戸時代後期の医師・橘南谿が著した紀行文『東遊記』には、地震から37年後に名立を訪れた際の伝聞として「助かったのは妊婦一人」という記述があるなど、断片的な情報や伝聞の域を出ない状況でした。

しかし、昭和時代に入って、災害発生時にたまたま村を離れて難を逃れた名立小泊村の庄屋、池垣右八が高田代官に提出しようとしていた被害報告書の下書きなど、関係する古文書が発見されました。これにより、「乍恐以書附御注進申上候（恐れながら書付けをもってご注進申し上げます）」と題された文書から、災害の具体的な状況や被害規模について、より信頼性の高い情報が得られるようになりました。

災害の規模を示す諸元

発見された資料や近年の調査から、名立崩れの規模は以下のように推定されています。

崩壊開始地点の標高：約100メートル
崩壊した範囲の幅：約1キロメートル
地塊の変動距離：約300メートル
変動した土砂量：推定約900万立方メートル
* 崩壊地の地質：主に第三紀に堆積した砂岩、泥岩、礫岩、頁岩が交互に重なる互層

この地すべりによって形成された地形は、現在、上越市の指定文化財となっています。

後世への伝承

名立崩れの悲劇は、後世にも語り継がれました。大正時代には、作家の岡本綺堂がこの災害を題材とした戯曲を創作し、大正3年（1914年）11月に東京の帝国劇場で上演されています。また、現在も名立小泊地区には、災害の犠牲者を慰霊するための碑が建立されており、この未曽有の出来事を今に伝えています。

名立崩れは、地震によって大規模な地すべりが誘発され、海岸集落を壊滅させた日本の自然災害史における重要な事例として、その記録と教訓が今日に引き継がれています。この地域を含む周辺では、過去にも柵口雪崩災害のような他の土砂災害も発生しており、自然の脅威に対する備えの重要性を改めて示唆しています。

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