吹輪

吹輪（ふきわ）

江戸時代初期より、武家の姫君たちに愛用された髪型に「吹輪」があります。

この髪型は、髷の部分を幅広く、まるで空気を含んで膨らんだかのような平たい輪の形に整えるのが特徴です。その名の由来も、文字通り「吹いて膨らませた輪」のように見える形状からきています。髷を丸く仕立てる点が似ているため、後に広く結われるようになった「勝山髷」の原型にあたるという説も唱えられています。

当時の女性の髪型は身分や場面によって異なりました。武家のお姫様がこの吹輪を結ったのに対し、公家の姫君は普段はたぼを平たく仕立てた「つぶいち」という髪型を選び、儀式など特別な際には「おすべらかし」という別の優雅な髪型を結いました。

地域によっては呼び名も異なります。上方では、炭などをすくう道具である十能に形が似ていることから「十能髷」とも呼ばれました。また、吹輪は主に上級武家や大名家の未婚女性の髪型でしたが、上方においては町家の既婚女性も結う例があったとされます。

現代に伝わる例としては、京都の祇園祭の期間中（およそ7月10日から24日まで）にのみ、舞妓さんが特別に結う「勝山」という髪型が挙げられます。この勝山は、顔の横に垂らす後れ毛がない点を除けば、吹輪とほぼ同じ形をしており、吹輪の面影を今に伝えています。

芝居における吹輪

歌舞伎の舞台において、吹輪は姫役を象徴する非常に重要な髪型として扱われます。その結い方自体は、実際の吹輪や勝山髷の輪を広げたものと大きな違いはありません。ただし、舞台の演出においては、顔の横にわざと垂らす「愛嬌毛」と呼ばれる後れ毛が加えられることもあります。

歌舞伎の吹輪の最大の特徴は、その極めて多種多様で豪華な髪飾りの数々にあります。まるで船に満艦飾の旗を掲げたかのような、華やかで目を引く装飾が施されます。髷には「両天簪」と呼ばれる精緻な細工が施された金属製の簪が挿され、髷の内部には楽器の鼓の形をした「鼓」と呼ばれる装飾品（髷の形を整える役割も兼ねることがありますが、使用されない場合もあります）や、赤地錦などの布が結び付けられます。また、前髪には金箔などを漉き込んだ染め紙、左右には「びらびら簪」という金属の小片が鎖で揺れる簪、そして「姫挿し」と呼ばれる大きな金属製の造花が飾られた髪飾りが装着されます。

言うまでもなく、これらの舞台用の華やかな装飾は、史実における実際の吹輪とは大きく異なります。これらはあくまで舞台効果を高めるための演出であり、現実の武家姫君が結っていた吹輪がこれほどまでに過度に装飾されていたわけではありません。現代、特に21世紀以降のテレビ時代劇などにおいては、こうした過度に装飾された歌舞伎風の吹輪の描写は減少傾向にあります。

吹輪は、単なる髪型としてだけでなく、江戸時代の身分制度や地域ごとの文化、さらには舞台芸術における表現の歴史を知る上でも興味深い存在と言えるでしょう。

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