呉沈

呉沈（ご しん）は、生年不詳ながら1386年に没した、元末から明初にかけて活躍した儒学者であり、官僚でもありました。字を濬仲（しゅんちゅう）といい、本貫は婺州蘭渓県（現在の浙江省金華市蘭渓市）です。

呉沈は、元の国子博士であった呉師道の息子として生まれました。若くして学問に励み、その卓越した知識と清廉な人柄で周囲から一目置かれる存在でした。1358年、朱元璋が婺州を制圧した際、呉沈は同じく婺州出身の許元、葉瓚玉、胡翰、汪仲山、李公常、金信、徐孳、童冀、戴良、呉履、孫履、張起敬らと共に朱元璋に召し出されました。彼らは日替わりで経書や史書を朱元璋に講義し、その学識をもって朱元璋を支えました。

1359年1月、呉沈は郡学訓導に任じられ、教育の分野で才能を発揮しました。1379年10月には、その高い学識が認められ、儒士として推挙され、翰林院待制に任命されました。この時、名前が「信仲」と誤って登録されていたため、呉沈はこれを訂正するよう求めました。朱元璋はこの誠実な態度を非常に喜び、呉沈を側近として重用しました。

しかし、呉沈の官僚としての道のりは平坦ではありませんでした。1380年4月、呉沈は翰林院編修に降格されましたが、同年6月には翰林院待制に復帰しました。その後も、再び翰林院編修に降格されるなど、官位の昇降を経験しました。1381年10月には、給事中の鄭相同が、皇太子に対する礼について、「東宮の官属のみが『臣』と称し、朝臣は称しないのが故事である」と主張したのに対し、呉沈は「皇太子は国の根本であり、その尊さは主上によるものである」と反論し、鄭相同の主張を退けました。この一件は、呉沈の直言を恐れない姿勢を示すものでした。

1382年3月、呉沈は渭源教諭に降格されましたが、その後、翰林院典籍に転じ、同年11月には東閣大学士に抜擢されました。しかし、その後、翰林院侍書に降格され、最終的には国子博士に転じました。1386年7月に致仕し、その年のうちに亡くなりました。呉沈の著書には、『存心録』18巻、『精誠録』3巻、『千家姓』1巻があります。

特筆すべきは、嘉靖9年（1530年）に行われた孔子の諡号改定です。孔子の諡号が「大成至聖文宣王」から「至聖先師」に改められた背景には、呉沈がかつて「孔子の封王は礼にあらず」と主張したことが影響しています。この一件は、呉沈の学識と、礼制に対する深い洞察を示しています。呉沈は、その生涯を通じて、学問と実直な人柄を貫き、明代初期の文化と制度形成に貢献しました。彼の著作は、後世にまで影響を与え、その名声は今も語り継がれています。

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