呉法憲

中華人民共和国の軍人である呉法憲（ご・ほうけん）は、1915年に江西省吉安市永豊県で生を受けました。その生涯は、中国革命の激動期から建国後の発展、そして文化大革命という波乱の時代を経て、失脚後に市井で静かに過ごす晩年まで、近代中国史の縮図ともいえるものでした。

1930年、15歳という若さで彼は中央ソビエト区にて中国共産主義青年団に加わり、同時に中国工農紅軍の一員となりました。革命の黎明期から身を投じ、有名な長征にも参加しています。そして1932年には中国共産党への入党を果たし、その後の厳しい道のりを党員として歩むことになります。

抗日戦争期から解放戦争期にかけて、彼は八路軍、新四軍、そして後の中国人民解放軍第四野戦軍となる東北民主聯軍などで精力的に活動しました。これらの経験を通じて、彼は中国共産党の軍事力の形成と拡大に貢献していったのです。

中華人民共和国が成立した後、呉法憲は特に空軍の創設と発展に大きな役割を果たしました。空軍副政治委員、空軍政治委員、そして空軍司令員といった要職を歴任し、新しい時代の中国空軍の基盤作りに尽力しました。その功績が認められ、1955年には中国人民解放軍中将の階級が授与されています。

彼のキャリアにおいて、林彪との密接な関係は特筆すべき点です。林彪からの強い推薦を受け、1965年に空軍司令員の地位に就任しました。また、林彪の子である林立衡や林立果を空軍内で受け入れるなど、個人的な結びつきも深く、林彪派の中心人物の一人となっていきました。文化大革命の時期には、その影響力はさらに拡大し、中国人民解放軍副総参謀長、中国共産党中央軍事委員会弁事組副組長、そして中国共産党中央政治局委員といった要職を兼務するに至ります。彼は、林彪を支えた「四大金剛」と呼ばれる主要な側近グループの一員として広く認識されていました。

しかし、栄光の時代は長く続きませんでした。1971年9月、林彪事件が発生すると、彼はその余波をまともに受け、事件に連座することになります。呉法憲を含む林彪派の将軍たちは、林彪が9月13日に逃亡したことを事前に知らなかったとされています。にもかかわらず、9月24日午前8時頃、彼らは他の同志と共に人民大会堂の福建庁へ呼び出され、周恩来より毛沢東の裁可による全ての職務の解任と隔離審査の開始を告げられました。即座に解放軍北京衛戍区通県連部へ連行され、それ以降、家族も含め外部との連絡は一切断たれることになります。

失脚後、彼の運命はさらに過酷なものとなっていきます。1973年8月には中国共産党から除名処分を受け、1976年12月には名高い秦城監獄への投獄を経験しました。そして、1980年11月から1981年1月にかけて開かれた中国最高人民法院特別法廷、いわゆる林彪・四人組裁判において、彼は懲役17年、政治的権利剥奪5年という判決を受けました。この際、隔離審査期間は刑期に算入されています。

判決確定後、1981年9月には病気治療を理由とする保釈、いわゆる保外就医が認められ、彼は監獄を離れることができました。その後は山東省済南で一市民として静かに暮らすこととなります。保外就医期間中はおよそ40平方メートルの部屋で妻と共に生活を送りましたが、1988年の刑期満了後は、退職した高級幹部と同等の待遇を受けるようになったとされています。

晩年の呉法憲は、能書家としても知られるようになりました。また、自らの波乱に満ちた人生と歴史的出来事を記録すべく、回想録の執筆に力を注ぎ、1995年に完成させました。彼の死後、香港で出版された回想録『呉法憲回憶録歳月艱難』（2006年）は、中国現代史を理解する上で非常に貴重な記録とされています。特に、林彪事件に関する記述は、中国の公式見解に対して明確に異議を唱える内容を含んでおり、大きな注目を集めました。

2000年に脳溢血で倒れ、そのまま意識不明の状態が続きました。そして、2004年 10月17日、90歳近い生涯を閉じました。呉法憲の人生は、革命と権力闘争、そして失脚後の静かな生活という、中国近現代史の劇的な変遷を体現していました。彼の回想録は、歴史の「敗者」の視点から、埋もれがちな真実の一端を伝える重要な史料として、今なお研究者や読者にとって価値あるものとなっています。

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