和田寿郎

和田 寿郎（1922年 - 2011年）は、日本の心臓血管外科分野において、革新的な技術開発と困難な手術に挑み続けた医師です。その生涯は、医学的偉業の達成と、社会に大きな論争を巻き起こした出来事によって彩られています。

生涯と学歴

北海道札幌市に生まれた和田寿郎氏は、幼少期から学業に秀で、旧制札幌第一中学校から北海道帝国大学予科を経て、1944年には同大学医学部を首席で卒業しました。この卓越した成績は、その後の彼の輝かしいキャリアの基礎となりました。

海外での研鑽と帰国

医学の道をさらに深く探求するため、和田氏は1950年に渡米しました。約4年間にわたり、ミネソタ州立大学やハーバード大学など、当時の最先端医療の中心地で胸部外科の研鑽を積みました。この留学中に、世界初の心臓移植を執刀することになるクリスチャン・バーナードや、後に心臓移植研究を牽引するノーマン・シャムウェイといった著名な医師たちと交流を深めました。アメリカで培われた合理的な医療観は、帰国後の和田氏の医療活動に大きな影響を与えました。

1954年に帰国後、母校である北海道大学医学部への復帰は実現しませんでした。この出来事が、和田氏が旧帝国大学系医学部に強い対抗意識を抱くきっかけになったとも言われています。その後、新設されたばかりの札幌医科大学に助教授として迎え入れられ、新たなキャリアをスタートさせました。

札幌医科大学での活躍

1958年、札幌医科大学に胸部外科が創設されると、和田氏はわずか36歳という若さで初代教授に就任しました。このポストで、彼は日本の心臓血管外科の発展に多大な貢献をすることになります。

特に著名な業績の一つに、人工心弁「ワダ弁」の開発があります。これは和田氏自身の独創的な発想から生まれたもので、弁置換術において国内最高水準の実績を誇る原動力となりました。「ワダ弁」は国際的にも注目され、後に南アフリカで行われた世界初の心臓移植手術でも使用されることになります。和田氏はまた、人工心肺を用いた心内直視下手術（開心術）における技術向上にも精力的に取り組み、心臓外科の未知の領域を開拓しました。1968年には、先天性心疾患である大血管完全転移症に対する根治手術の一つであるマスタード手術を、日本で初めて成功させています。

和田心臓移植事件

1968年、和田氏は日本で初めてとなる心臓移植手術を札幌医科大学で執刀しました。この手術は当時、日本の医学界だけでなく社会全体に大きな衝撃と期待をもたらしました。しかし、手術後にレシピエントが死亡したこと、およびドナーの脳死判定や臓器提供のプロセスを巡って、深刻な疑惑が浮上します。これが「和田心臓移植事件」として広く知られることとなりました。

和田氏は、ドナーとレシピエントを死亡させたとして殺人罪で刑事告発されるという異例の事態に発展しましたが、最終的には不起訴処分となりました。この事件は、臓器移植における脳死の定義、インフォームド・コンセント、倫理的問題など、様々な課題を社会に突きつけ、その後の日本の臓器移植医療の法整備や倫理規範に大きな影響を与えました。

その後のキャリアと晩年

和田氏は、心臓移植事件の渦中を乗り越え、1977年には東京女子医科大学附属日本心臓血圧研究所の教授として招聘されました。ここでは、日本の心臓血管外科を牽引した木本誠二氏や榊原仟氏らとともに、多くの難手術を手がけました。

東京女子医科大学を定年退職後も、和田氏は医療への情熱を失わず、和田寿郎記念心臓肺研究所を開設し、後進の指導や研究を続けました。また、国際心臓胸部外科学会の会頭を務めるなど、国際的な舞台でも活躍しました。

和田家は学術的な家系であり、父は国際法学者の和田禎純、弟はワダテストの開発者として知られる医学者の和田淳という著名な人物です。

2011年2月14日、肺炎のため東京都豊島区の自宅で死去しました。享年88歳でした。

功績と legacy

和田寿郎氏の功績は、人工心弁「ワダ弁」の開発をはじめとする革新的な技術と、多くの生命を救った卓越した手術手技にあります。しかし同時に、「和田心臓移植事件」は、日本の臓器移植医療における倫理的・社会的な議論を深く促す契機となりました。彼の生涯は、医学の進歩が社会に与える影響や、生命倫理という重いテーマを私たちに問いかけ続けています。

主な著書

『ゆるぎなき生命の塔を』（青河書房）
『「脳死」と「心臓移植」』（かんき出版）
* 『神から与えられたメス』（メディカルトリビューン）

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