哀しみのトリスターナ

1970年に製作された映画『哀しみのトリスターナ』は、スペインの巨匠ルイス・ブニュエルがメガホンを取り、ベニート・ペレス・ガルドスの同名小説を映画化した作品です。主演はカトリーヌ・ドヌーヴ、フランコ・ネロ、フェルナンド・レイ。人間の深層心理に潜む欲望や背徳、そして権力構造の反転を鋭く描いたドラマであり、日本でもキネマ旬報ベストテン第7位に選出されるなど高い評価を受けました。

物語の舞台は1920年代のスペイン。天涯孤独となった若く美しい娘トリスターナは、母の知人である年老いた貴族ドン・ロペに引き取られ、養女として彼の屋敷で暮らすことになります。ロペはかつての栄華を失い、経済的には苦しい状況でしたが、トリスターナには惜しみなく金銭を費やし、流行の衣服などを買い与えます。しかし、彼はやがてトリスターナを養女としてではなく、一人の女性として見るようになり、形式上は親子でありながら、事実上の夫婦関係へと陥っていきます。

当初、ロペの庇護のもとで従順に過ごしていたトリスターナでしたが、成長するにつれて自己の独立した意志に目覚めていきます。そんな折、彼女は情熱的な若い画家オラシオと出会い、激しい恋に落ちます。トリスターナはロペの束縛から逃れるため、オラシオと共に故郷の街を離れ、新たな生活を始めることを選びます。

トリスターナが去った後、ロペは姉の莫大な遺産を相続し、経済的に一転して裕福になります。そして二年後、予期せぬ形でトリスターナとオラシオが街に戻ってきます。トリスターナは左足にできた悪性の腫瘍により重篤な状態にあり、最期の時をロペの屋敷で迎えたいと願ったのでした。かつてのような厳しさは影を潜め、性格が穏やかになったロペは、二人を受け入れます。トリスターナは手術によって左足を切断し、一命を取り留めますが、自由に歩く能力を失ってしまいます。

手術後、回復したトリスターナはロペの屋敷に留まることになります。しかし、以前とは人が変わったかのように、周囲の誰に対しても傲慢で冷淡な態度を取るようになります。画家の道を歩むことを決意したオラシオは、やがてトリスターナのもとを離れていきます。

残されたトリスターナは、次第に老い衰えていくロペを支配するようになります。そして遂には、ロペと正式に結婚します。しかし、結婚初夜、トリスターナは冷淡な態度でロペを拒絶し、二人の関係は歪んだものとなっていきます。

物語の終盤、ある雪の降る寒い夜、ロペは苦しげにベッドからトリスターナを呼び、医者を呼ぶよう懇願します。しかし、トリスターナは電話をかけるふりをするだけで、実際には医者を呼びません。意識を失い、瀕死の状態となったロペに対し、彼女は窓を開け放ち、彼を冷たい外気に晒し続けるのでした。ロペが絶命するまで、その残酷な行為は続きます。

この衝撃的な結末は、トリスターナが養女としてロペのもとに来た当初から、無意識のうちに彼の死を望み、彼の生首を幻想として繰り返し見ていたことが示唆され、彼女の心の深淵に潜む闇と、人間の複雑で不可解な心理を描き出しています。

この映画は、表面的なモラルや社会規範の下に隠された人間の真の姿、特に抑圧された状況から解放された女性が抱く復讐心や、歪んだ愛憎関係の果てに辿り着く破滅を描き、観る者に深い問いを投げかけます。ブニュエル監督特有のシュルレアリスム的な描写や、社会への批判精神も随所に感じられる作品です。

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